なんというか忙しすぎてやばい。
仕事ってこんなにあるもんだっけ?
定時退社なんてお客さんとの夜の約束がある日だけだし。
お客さんに連れ回された二軒目、隣に座ったラウンジの医大生の女の子となんとなく適当な会話をして、あー早く寝たい、と思いながらもその子に「この美容液おすすめですよ」とか教えてもらっちゃったり。
なんの時間?
その子はとっても可愛かったけど。
食べたく無い料理と飲みたく無い酒はいつも味がしない。
味のしない時間にわたしは「ご馳走様でした」と言う。
役職がひとつ上がっただけで「もっと自分で動け」と言われ、案件を抱えれば背後で足を引っ張られる。
仕事とは。
と考える間もなく明日は来るし。
スケジュールを開けば「16:30開始」と隣市の打合せ場所が入ってるし。
いや16:30開始て。
高速使っても1時間半じゃん。
はぁ。
そんなこんなで生きているけど、なにか達成した感はなく、大丈夫なのかな自分と思っていた。
大丈夫ではなかった。
メンタルは無傷だけれど、昨年から体重が右肩上がりの理由がわかった。
更年期?こんなに増えるもの?とか思っていたら、その若い男性医師はあっさりと甲状腺、と言った。
「結節もありますね。3ヶ月後のエコー予約とっていってくださいね」
へー。
そりゃ太るわ、と病名を聞いて納得した。
少し安心したところもある。
そりゃ痩せないよな。
あーでも、この痩せない感じの方がメンタルくるな。
なんてうだうだ思いつつ、職場では昼食をとる時間もない日々が続いていた。
そんなある日、強引に定時退社を決め込んだ。
結局いるのは居酒屋だけど。
人との待ち合わせがあるから。
人というか恋人。
何ヶ月ぶり?か忘れた…あっちは数ヶ月前から海外駐在で、無事帰ってきた模様。
会いたいけど会いたくないような…
あー、見た目の変化って結構ほんとに自信を喪失させるんだな…と身をもって実感。
でもビールは先に一杯練習した。
というか酒の力を借りたかった。
たこわさをちまちま食べながら飲んでいたら、「おつかれ」と数ヶ月ぶりの声がした。
そこからは覚えているけど思い出したくない。
恥ずかしいから。
いつもの居酒屋で「よっ」と帰ってきた彼は、なんかデカくなった…?とこちらが瞬きをするくらいガッチリボディになっていた。
「あっちで毎日ワークアウトしてたら服のサイズ変わってさ」
とか言いながら「すみません生一つ」って、懐かしいけど新鮮なような。頭がちょっと追いつかない。
「おかえりとかないの?」
てやっぱり懐かしい。
が、カッコいいんだけど。
は?好きなんだけど。
自分自身の病気のこととか、服のサイズは変わっていないものの増えてしまった体重とか、忘れちゃった、その時間は。
だって数ヶ月前と同じ声で、数ヶ月前よりカッコよく笑うから。
えー、好きだけど。
結局楽しく酔って、そのまま彼がとってたホテルに来たけど。
あんまり脱ぎたく無いなー、恥ずかしいなー、てか「なにこの肉」とか言われたら酔いがさめて地味に確実に傷つきそう、自分。
「?何してんの?」
室内に入ってそのまま突っ立っていたら、心底不思議そうな顔して見られた。
まあそうだよね。
酔ってるし。
「あーなんか…好きだけど」
「好きだけど?何?違うの?」
「いや、好きだけど…私太ってさ」
「そうか?俺の成長のほうがデカくない?」
「んー、でもそれは良い例じゃん」
「良い例?どういうこと?」
酔っ払った頭ではうまく整理しきれないしなんて言ったらいいのかわからないけど。
とりあえず言ってみることにする。
おいでとあっちがベッドをぽんぽんと叩いているので座るか。
「どした」
どした、て言われると揺らぐ。
安心しきりたい己の願望がむくむくと顔を出してくる。
でもどこかで意地を張ってる自分もいる。
「疲れてるな、そういえばあの案件よく頑張ったじゃん」
評判聞いてるよ、すげーなお前、と肩を抱かれたらもう無理だった。
えーん泣きたい。ていうか泣いてる。
私ずっと泣きたかった。
こうやってぎゅーってされたかった。
この人の香水だけじゃ、この人の不在は埋められない。
わたしの仕事の実績は彼の足元にも及ばないけど、それでも結構頑張った。
わたしはきっとお客さんの次に、彼に褒めてほしかった。
「泣いてない」
鼻水啜りながらそれはないかと思ったけど、逞しくなった背中に腕を回して言ってみた。
彼は少し笑って、「知ってる」と馬鹿みたいにわたしを甘やかしてくれた。