犬=嚙む
アメリカでは、大きな犬も室内で飼う(一緒に生活する)のが、普通の事。
日本では、犬→番犬→勿論玄関の外(今は事情が変わって来ているけれど、)
かの有名な忠犬ハチ公も、室内犬では無かったはず。
主人に忠実で、主人を守るのが使命。
故に、嚙むという武器を保持する。
勿論、身の危険を察した時に、当然の如く働く本能なのだけれど、
これをコントロールできるようにすることも、
野犬ではなく、家庭犬として生きさせるためには、人間の務めなのかも知れない。
今日、いつものように、愛犬ウータンは、ソファーに横たわってTVを見ているいる私の胸の上で寝ていた。
そこへ、娘が、部屋に入って来て、ウータンを抱き上げようと手を出したら、凄い形相で、娘の手を嚙もうとした。
娘が、すぐに手そ引いたので、軽くではあったが、ウータンの歯の一部が娘の指に当たり、少々紅くなった。
私は、起き上がり、ウータンを仰向けに押さえつけ、
「お姉ちゃんは、抱っこしようとしたんでしょ!!」
「ガブ、いけないでしょ!!」
「ガブはダメでしょ!!」
と、拳をグーにして、ウータンの口元にグイグイやり、怒った。
あー。。。。
昔、長男が、玩具の取りっこから、お友達の手を嚙み、お友達を泣かせた時を思い出した。
その時、私は、当時、3歳の長男の襟首を掴み、空中に持ち上げ、
「ガブはいけないでしょ!!」
「ガブはダメでしょ!!」
言うだけでなく、多分叩いていたと思う。
20数年もたっても、同じ事をやってる自分が居る。
少し違うのは、20数年前より、自分の中に少しはゆとりはある。
怒りながら、ウータンが、どんな表情をしているか、見ているゆとりだけはある。
長男の時は、長男が、どんな表情をしていたのか、記憶に無い。
良い子に育てたい、誰からも愛される子になって欲しい、それだけに必死で、
どうしたら良い子になるのか、どうしたら誰からも愛される子になるのか、
当時、そこまで考える脳は、働かなかった。
今は、どうしたら、咄嗟の出来事にも、嚙んだりしないウータンになれるのか、考えようとする脳は働くのだけれど、
決定的な解決策は、見当たらない。
トレーナーさんから、4か月までに刷り込まなければ、嚙む抑制は育たない、と言われた事が、思い起こされつつ、
(この子は、今、学んでる。。。)
と、勝手に確信しているのだけれど・・・