心の未熟さが霊的な未熟さと混同される。
言語を学ぶ時、経験でわかると思いますが、スピーキングの能力がUPしたら、一緒にライティングとリスニングのスキルも上がります。
それと同じように
身体が成長すれば、
心も成長します。
脳が発達して、幼い頃は考えられなかったようなことを思考し、プロセスできるし、生きていればそれだけ心も発達する。
逆も然りですし、
これら3つは相互作用して成長していくものだと思います。
しかしながら、
心と霊の成長は、
ある人にとっては、または敏感な人にはすぐわかる場合がありますが、
目にはっきり見えるわけではないので、見極めが難しい場合が多々あるなあと思います。
例:
・行動がすごい、奉仕すごいやってて霊的にみえる→奉仕は、幼少期のトラウマなどで何か労働をしていないと認められないという思いが潜在的にあるためやっていて、
周りからも褒められたりし他の教会員からも一定の評価を得ているが、本人もそのことに気づいてない。
・社会的地位が高く、周りから一目置かれている→しかし人が小さい。霊的成熟度が乏しい。心が成長していない。(わかる人にはわかる)
・特に、日本は白人至上主義という考えが根底に根深くあり、白人の宣教師というだけでちやほやされるし、すごい人、となってしまう→格段信仰がすごいというわけではない。むしろやばい人も多い。(人種差別をしているわけではありません、中には、母国でモテないから、日本人の奥さん欲しいからといって日本に来る人もいます。本当に日本人のために心砕かれ神様に導かれて宣教されている方もいます。気を悪くされたらすみません)
・祈りや説教の演技が上手い→普段祈ってない、神様からのメッセージじゃないことを語っていることがバレバレ(分かる人には霊のレベルで分かるのだが、これもまた見えないため、訴えても聞かれない、わかってもらえない)
こういう誤解がよくあるなあと思います。
でも神様は全部知っておられます。
ですから、逆にこれを利用して虐待することもあります。
それはまた次回。