私の尊敬してやまない(故)立原正秋氏の作品の中に 『残りの雪』 という作品があります。
夫に去られた里子と、骨董の目利き坂西との愛を、古都鎌倉の四季に映す上質な立原文学です。
満開の桜の季節に始まり、春を告げる水仙の花で終わる、その間に63種の植物が現われ、四季の推移を彩どっています。
「秘すれば花」 の美意識をもって描かれた華麗な絵巻物
鎌倉や二人がたびたび出かける旅先の情景、四季の移ろい、美術骨董、食、精神の贅沢など、滅びつつある美しい日本の描写にすっと惹きこまれます。
その中で繰り広げられる一組の男女の道ならぬ愛が、花鳥風月、山川草木のなかで浄化し、さながらにして華麗な絵巻物をみているよう。
一方で、家を出たヒロイン(里子)の夫とその愛人たちの様子は、同じ不倫でありながらまったく彩りのない、通俗的な姿に描かれています。
この2つの対照的な恋愛模様のコントラストにくわえて、老いてなお男女の性愛に捉われるヒロインの親たちの姿が品格を失わずに描かれているのも彼独自の上質な筆だからでしょう。
とどまることのない人間の情念が、作者が生涯貫き通した独特の美意識のなかで昇華され、心ゆくまで立原正秋の世界を堪能することができます。
立原文学を初めて読まれる方にもおすすめです。
立原作品には、楚々として上品な、そして凛とした女性たち(氏の理想像)が登場いたします。
私にとって、この女性像は「永遠のテーマ」です。
そして、氏は、なによりも男性本来の勁さ(つよさ)を描いています。
文中においては、彼独自のことばのこだわりからか、「強い」ではなく「勁い」(つよい)と書かれており、立原文学の登場人物は、力だけの勁さだけではなく、生きることに対する勁さを持つこと、終始その一言に尽くといえるでしょう。
彼の多くの女性読者にとって坂西は、「愛されてみたい男性」、多くの男性読者にとって里子は、「愛してみたい女性」、ではないでしょうか。