17日続き。

 

 

 

 

暗い気持ちで家を出たら、アシュレイちゃんから差し入れを貰った。

おいしそうなお菓子で、少しだけ気持ちが楽になった。

 

 

アシュレイ

「サテラちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 

 

年下のアシュレイちゃんを心配させちゃいけない、よね。

 

 

サテラ

「大人の恋について考えてたの。だから、気にしないで」

 

 

そう言って、私はにっこり笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

畑仕事をしようと歩いていたら、後ろからアチェロに引っ張られた殿下が走ってきた。

私の方をちらっと見てきたけど、思いっきり顔を背けてやった。

 

お姉ちゃんを大事にしない男なんて、大嫌い。

 

……そう、思うのに。

私の目は、気付くと彼らの姿を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふらふら歩いていたら、陛下が仲良くなりたいって言ってくれた。

 

 

 

 

私と殿下のつながりが増えちゃう……

それは心配だったけど、元々ガイダル王家とは家族同然の付き合いをしているから、今更、かな。

 

 

ファンホ

「サビーノ君にはよく言っておくから」

 

 

陛下は、殿下の行動について何か察してるみたいだった。

私は、黙って頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

おじちゃんの授業があったけど、どうしてもお姉ちゃんたちのことが気になって、あんまり集中できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、気分転換に山岳長子のエンディカ君を牧場に誘ってみた。

 

 

 

 

さすが山岳の家の子。

やっぱり私は負けちゃった……。

 

でも、たくさん走って、汗と一緒にモヤモヤした気持ちも流れてしまったみたいに、なんとなく心の風通しは良くなった。気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18日。

 

 

 

今日はお姉ちゃんの誕生日。

おめでとう、お姉ちゃん。

 

 

 

 

お姉ちゃんは、今日デートの予定が入っていた。

……良かった。

 

私、昨日は逃げるように家を出てきちゃったから、あのあとお姉ちゃんたちがどんな話をしていたか知らない。

だけどお姉ちゃんの誕生日の今日、デートするってことは、きっと悪い話じゃなかったんだと思う。

 

そう、思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

授業は、相変わらず集中できなかった。

 

だって、授業もデートも昼1刻。

授業に出なきゃいけない私は、お姉ちゃんたちがちゃんとデートをしているか見守ることができない。

 

 

 

今頃、お姉ちゃんと殿下が待ち合わせ場所の広場でおしゃべりしてるかな。

そのあと、楽しくデートできてるかな。

 

 

そんなことばっかり考えていた。

 

考えたって仕方ないのに、頭に浮かぶのはお姉ちゃんたちのことばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

サテラ

「お姉ちゃん、今日のデートはどうだった?」

 

 

夜、家に帰って聞いてみたら、お姉ちゃんは目を丸くしていた。

 

 

クラリスタ

「今日デートだって知ってたの?サテラ、授業だったでしょ?」

 

サテラ

「う、うん。授業のあとに、殿下と一緒に歩いてるお姉ちゃんのこと、見かけたから……」

 

 

お姉ちゃんの誕生日だったから、デートしてるか心配になって確認しちゃった。

なんて本当のことは言えなくて、私は適当にごまかしてしまった。

 

 

クラリスタ

「楽しかったよ」

 

 

お姉ちゃんは、迷うことなく即答した。

だけど、その顔は少しも楽しそうじゃなかった。

 

そう答えるのが義務だから。

顔に書いてあった。

 

 

 

私は、聞いたことを後悔した。

 

 

サテラ

「それなら良かった」

 

 

私も嘘をついた。

嘘でも笑えばいいのに、どうしても笑えなかった。

 

お姉ちゃんは私を見て、悲しそうに目を伏せた。

 

 



 

お互いに嘘をついているのは、一体誰のため?

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ気持ちで、私とお姉ちゃんは同じベッドで横になった。

 

 

 

何も知らないパパとママが帰ってきて、弟たちが帰ってきて、それから全員がベッドに入って静かになった。

 

 

後悔がぐるぐると頭の中を回って、なかなか寝付けなかった。

でも、そういうときもちゃんと目を閉じて、横になっていないとずっと眠れないし、疲れもとれないから。

 

私は長い間、一人でぐるぐると戦い続けた。

 

 

 

 

クラリスタ

「私、ちゃんとわかってたよ」

 

 

私が寝てると思ったのかな。

夜中に、お姉ちゃんはぽつりとつぶやいた。

 

 

クラリスタ

「王族は社交的じゃなきゃいけないって。その恋人になるのは、辛いって。ちゃんと、わかってたよ……」

 

 

それは、自分自身に言い聞かせるように。

 

 

 

 

お姉ちゃんがお姫様になって欲しい。

 

そんなお子様なことを考えていた、自分を恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19日。

 

 

 

明日は星の日。

パパ、仮面買ってきてくれるかな?

 

 

 

 

 

 

授業も星の日仕様だった。

 

明日は1年に1回、仮面をかぶってお菓子をおねだりできる日。


最後の星の日だから、たくさんおねだりして、お菓子をもらわないとね。

特にお姉ちゃんを困らせる大嫌いな殿下には、特製の泥団子をお見舞いしてやりたい。

 

 

あとは、ワフ虫がいっぱいで綺麗だから、アリステア君とか、オルエッタちゃんとか、とにかく友達といっぱい遊びたい。

 

 

 

 

そんな、浮かれたことを考えていた私は。

 

 

 

 

 

 

夕3刻。

あの人が、採取をしている私の後ろにやってきていることなんて、少しも気付いていなかった。

 

 

真横に並ばれてから、その存在に気付いた。

 

 

サビーノ

「サテラさん」

 

 

名前を呼ばれて、どきりと心臓が音を立てた。

 

なんで、来るの。

 

言いたいけど、言葉が出なくて。

向こうも名前を呼んだきり、何も言わなくて。

 

 

 

 

ただ、私の前に何かを落としていった。

 

 

 

 

拾い上げたそれは、南国の花束。

恋人同士でしか贈りあえないそれを、どうしてわざわざ私の前に落としていくの。

 

 

今日1日、彼がずっとそれを持ち歩いているのは知っていた。

朝、彼がそれを持ってうちに遊びに来ていたから。

 

 

お姉ちゃんに渡せばいいのに。

 

花束片手にうろつく彼を見かけるたびに、私はそう思っていた。

 

 

 

なのに、どうして?

 

 

どうして、今落としていくの。

 

 

どうして、お姉ちゃんに贈らないの?

 

 

 

心臓のどきどきが止まらない。



私。

どうしちゃったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

アリステア

「……サテラさん?」

 

 

花束を抱えたまま、遠ざかる殿下の背中をぼんやりと見つめていたら、アリステア君が声をかけてくれた。

 

 

アリステア

「こっち、来て」

 

 

アリステア君は私の顔を見て、それから私の手を引いて歩き出した。

導かれるまま、私は彼の後ろを歩く。

 

行先は、今は誰も住んでいない城壁の邸宅のお庭だった。

当然、ここには誰もいないし誰も来ない。

 

アリステア君はここで初めて私を振り返って、カバンからハンカチを取り出した。

それを、私に渡してくれる。

 

 

そこで初めて、私は自分が泣いていることに気が付いた。

雫が零れて、ささやかな雨となって花束に降り注ぐ。

 

 

アリステア

「何かあったの?」

 

 

優しく聞かれて、どうしてかな、また涙が溢れてきてしまった。

アリステア君はおろおろしていた。

 

私が泣くから、困ってる。

 

それはわかるのに、溢れてくる気持ちが止まらない。

 

 

アリステア君は泣き続ける私に、ハンカチを渡すことを諦めた。

代わりに、自分でそのハンカチを握って、私の涙を拭ってくれた。

 

その手が優しくて、あたたかくて、私の涙はしばらく止まらなかった。

アリステア君は黙って傍に居てくれた。

 

 

 

 

 

どれくらい、そこでそうしていたのか。

 

 

 

 

夜になる頃、私の涙はようやく止まってくれた。

 

涙と一緒に悲しい気持ちも流れてしまったのか、少しだけ、気持ちが軽くなった。

 

 

アリステア

「家まで送るよ」

 

 

さんざん迷惑をかけてしまったのに、彼は何も聞かなかった。

ただ、優しい手で私の手を引いて、魔銃師会館の前まで送ってくれた。

 

 

サテラ

「……ありがとう」

 

 

やっと出てきてくれたその言葉に、アリステア君は微笑んだ。

 

 

アリステア

「また、学校で会おうね」

 

 

私の頭を一回だけ撫でてから、彼は帰っていった。

その背中を見ている時、不思議と私の心は穏やかだった。

 

……どうしてかな。

 

 

 

 

 

 

私は穏やかな気持ちのまま、家に帰った。

 

 

 

 

何も知らないお姉ちゃんは、ママと楽しそうにおしゃべりしながら、螺旋階段を上がっていった。

 

 

私は自分の手の中にある、殿下からもらった花束を見つめる。

 

これは、私じゃなくてお姉ちゃんが持つべきものだから。

そう、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

寝ているお姉ちゃんの隣に、私はこっそり花束を置いた。

こうすれば朝、お姉ちゃんはきっと花束を拾ってくれる。

もしかしたらイムが食べちゃうかもしれないけど……

 

 

明日、星の日の朝には、花束は正しい宛先に戻る。

 

 

 

 

それで、いい。