こんなに遅くなってしまったけれど
それでもデビュー発表の時の気持ちはやっぱり残しておこう
8/16の夜まで1週間、山陰を巡る旅をしていて
その帰り道から喉が痛く🥵
配信はお友達と繋げて見たけど
多分2日間ぐらい熱があって🤒🤒
(気のせいだと思いたくて体温計ってはいない)
ちょっとマシになったから急いでおめでとうのカンペ作ってすぐに現場
帰って来てお手紙書いて
週末はまた家族ごとで出掛けて〜
などなどしてたらこんなに遅くなってしまった🙏
デビュー発表されて映し出されたれあたんの顔😭
ほっぺた膨らめてる仕草が
子供の時みたいで本当に懐かしくて
で、順番にコメントを求められた時の最初が
『長かったね…』
😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
本当〜〜〜〜に長かったよ😭
私が嶺亜くんと出会ったのって2011年の9月4日
あと数日で丸15年。16年目になります。
スノプリの時は嵐担だったから
それなりに紅白とか歌番組とかの記憶はあって
遡ったのは1年ちょっと、
あとはほぼリアルタイムに嶺亜くんを
担当として成長を見て来ました。
本当に色々なことがあった
スタートがスノプリでとんでもなかったけど
位置が下がっても粘って、粘って
後輩のバックにもついたし
シンメもクルクル変わったり
少クラに呼ばれなくなった時は辛かったなぁ
体育会TVで生きながらえた時代もあった
ファンもね
セクバだった時はたくさんいたの。
いわゆるガッツも何人もいて
自分の席の近くにガッツがいると
なかなか順番も回ってこなくてね💦
それが現場が減ったらみーんな降りちゃって
私は前列ガッツにはなれないけど
どうにかあなたのファンが来てるよってわかる席に入ってあげなきゃって思って
頑張ってた日々もあったんだよね。
それこそ嶺亜くんも言ってたけど
出る現場を予想してね、
ちょっとそちら側に明るい友達にお願いして
バックの情報が入ったらいち早く教えてもらったり
同担のお友達にも少しでも入って欲しくて
すぐに連絡したりして頑張って来たんだよね。
7 MEN 侍になってすぐについたクリエとかさ
ハイハイのバックだったから
黄色ペンライトが会場に5人しかいないとか
普通にあったんだよ😢
今じゃ信じられないよね
本人だって目に見えるファンが減っているのをわかってたのに
それでも残ってたファンが
大賞を頑張って頑張って
嶺亜くんはまだまだ私たちに必要なんだよ!って
伝えたくて…😭
本当に苦しい日々だったけど
嶺亜くんとファンの信頼関係は
あの頃がなかったら生まれなかっただろうし
ずっと応援できた自分は
本当に幸せ者だなと思います。
去年の2月に今までのユニットが解体再編されて
センターだった中村嶺亜が
まだちょっと違う立場になったけど
侍が出来る前の端っこだったれあたんとはまたちょっと違って
端々に7 MEN 侍を背負って来た日々もちゃんと感じられる中村嶺亜で
侍の時はもう見られないと思ったものもまた見せてもらえて
これもまた幸せなことだなぁ
ジュニア大賞をもうやらなくていいと思うと
時間的にも金銭的にも心底安堵したけど
でももう発表後の甘々ブログが読めないのかぁと思うと
それはそれで淋しかったり。
デビューが決まったあとの最初のブログでも昔を振り返ってくれて
仕事のない時期を
『中村嶺亜大ピンチ時代
マジでやばかったね〜笑』
と(笑)って表現してくれたのが嬉しかったなぁ
あの頃経験した悔しさも辛さも
本当の意味でやっと笑い話にできるんだね😭
こんなにも素敵なアイドルに成長してくれて
この礎を作ったのがファンとの信頼関係で
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それはきっと、
これまでの時間の積み重ねの中で自然と生 まれた
信頼関係や出来事の全てが
それから俺と出逢ってくれた子との関係に も
良い意味で影響を与えて、
灯火のように灯し合いながら
同じ一つの想い、意思として広がっている
んだろうなと思ってます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
↑こう嶺亜くんが言ってくれたことが
本当に嬉しかったなぁ。
みんなで繋いできた思いだもんね。
大賞初期の頃から
ジュニア大賞は嶺亜くんへの恩返しだと思っていたけど
灯火あったみんなの力で4連覇出来て
デビューもつかみ取れて
やっと本当の意味で少し恩返しが出来たのかなって思います。
やっとスタートライン
これからだね💪
超スターになろうね✌️
