エ「まったく、いいたいことばかり言いやがって。」
エースはため息交じりにつぶやいた。

☆★ 会いたい気持ち ☆★

もちろん、肩をたたいた大気の手を振り払うなど
大人げないことはしないが、
とはいえ、大気に心を許しているわけでもない。

エ「どうせ、おまえはあの
おぼっちゃんのためにしか動かないしな。」
エースの皮肉に
大「わたしはただ・・・。」
大気は一瞬いいよどんだ。

しかし、
大「わたしはただ、幼馴染として、
美奈子さんの悲しむ顔はみたくない、
ただそれだけです。」
大気はそう、言い切った。

もちろん、エースもわかっていた。

大気が自分のために動くのではなく、
美奈子のためにだということ。

エースはふう、とため息をついた。
エ「まあ、そうはいっても
いざとなったら、あの世間知らずの
おぼっちゃんのほうが
大事なんだろうな。」

大「夜天さまに対して、なんてことを・・・。」
大気は思わず反論しようとした。

大「わたしの生きる目的は、
ただ、夜天さまのため。
いくらあなたでも、
夜天さまを侮辱することは許しません。」
大気はきっぱりとそう言い切った。

エ「わかってるって、いっただろ。」
エースは再びため息をついた。

エ「おまえの忠誠心の強さはわかっているからな。」
エースはそうことばをつづけた。

大「そう願いたいものですね。」
大気も言葉をつづけた。

大「ただ、夜天さまと美奈子さん、
どちらかを選ばなければならないなら、
当然わたしは主人である夜天さまを取ります。
でも、できるならそんな状況にはならないほうが・・・。」

エースはうなずいた。

わかっていたはずだった。

大気の忠誠心の強さを。

エ(あなどりすぎたな。)
エースはふっとそう思った。

*****

エースと別れ、大気は温室からお屋敷に戻ってきた。

夜天の参加している会議が、
特に紛糾することもなく、
平和裏に終了しそうな雰囲気のとき、
大気が窓の外に一瞬目を移した時、
うさぎが温室に入っていくのを見かけたのだ。

たしか、うさぎはあの温室にいる
秘密の庭師の存在をしっているようなことを言っていた。

そんなことを思い出した大気は
うさぎがあの庭師の秘密を知ってしまわないよう、
さっさと温室から出さなければ、
そう思って、温室へといったのだ。

しかし、温室へ行くと、
エースと美奈子の抱擁シーンに
出くわしてしまった。

うさぎは美奈子の悲恋のことも
誰かから聞いて、知っているようだった。

しかし、おそらく美奈子の
悲恋の相手が誰かについては
まだ知らない様子だった。

大気はもちろん、うさぎのことはとても気に入っているし、
できればうさぎには長くこの家にいてほしいと思っている。

しかし、これ以上、うさぎにこの家の秘密を知られては・・・。

大気は、うさぎにこれ以上、
秘密を嗅ぎまわってほしくないと
そう思っていた。

*****

夜「大気?」
星「どうしたんだ、大気?」
大気ははっと我に返ると
目の前に夜天と星野がいるのに気が付いた。

大「ああ、夜天さま、星野。
どうしたんですか?」
どうしたのか聞かれていたのに、
同じ質問を2人に返してしまう。

星「いや、夜天さまのお手洗いの時間になったから、
お手洗いに行って帰ってきたところだけど。」
星野はそう答えた。

星野にそう言われたため、
大気は自分の携帯電話を取り出した。

たしかに、夜天のお手洗いの時間のアラームが
起動していたのに、先ほどの騒ぎで
全く気付かなかった。

夜天の体調を管理するアプリを立ち上げて、
確かにお手洗いにいった記録がされているのを確認する。

そして、すでにレイに夜天のお手洗いの
掃除をするよう手配もされていた。

自分らしくない、大気はため息をついた。

それでも、大気は何があっても夜天のことを守る、
その決意を新たにしていた。

[newpage]

うさぎは部屋に戻ってきていた。

もちろん、うさぎは美奈子の悲恋の相手については
まったくわからなかったし、
だからこそ、うさぎは美奈子の恋を応援しようと
思っていた。

そうはいっても、さっさと大気に温室から追い出されたうえ、
うさぎが2人のシーンを見ていることは
肝心の2人はまったく知らないのだ。

う(あー、どうおーえんすればいいのかなー。)
うさぎはベッドに飛び込んで、
足をバタバタさせた。

と、その時、
こんこんこん、
部屋のドアがノックされた。

うさぎがドアを開けると
大気が立っていた。

うさぎは先ほどのこともあり、
一瞬びっくりした。

大「少しだけいいですか?」
大気は先ほどのことを感じさせないくらい、
笑顔を見せた。

うさぎが促すと、
大気は部屋に入ってきた。

大「うさぎさんは、
あの温室によく行かれるんですか?」
大気はいきなり質問してきた。

う「あ・・・、いやー、二度目で・・・。」
うさぎは答えた。

大気はうなずいた。

たしか、夏前にうさぎが
あの温室に行ったと思われるあと
話をしたことがあった。

あの時と、今日で2度目・・・。

大気は少し安どした。

うさぎはあの庭師の秘密も
おそらくまだ知らないし、
今の様子だと、知っているが
隠している感じでもなさそうだ。

う「大気さん・・・。」
うさぎはおずおずといった。
う「あたし、もし美奈子ちゃんが
新しい恋をしたんなら、
応援したいと思って・・・。」

新しい恋・・・。

うさぎの口から出たその言葉に
大気は意外に思うと同時に、
うさぎは何も知らないのだ
ということを確信した。

大「うさぎさん、大丈夫ですよ。」
大気は安心させるような声色で言った。

大「あの庭師の方は、
この家ではある理由から
秘密になっています。
だから、おおっぴらに
あの方のことを言われるのは困りますが、
そうでなければ、大丈夫です。」
大気はそう言った。

大「まあ、美奈子さんにあのシーンを目撃したと
いうのも恥ずかしいでしょうから、
あのことには触れないで上げてくださいね。」
大気はくすくすと笑いながら言った。

うさぎはそう言われて赤面した。

たしかに、あんなシーンを見たなんて言ったら
きっと恥ずかしいに決まっている。

そして、大気がエースを「あの方」といった、
その意味を、うさぎはまだ気が付かずにいた。

[newpage]

あれから幾日かたった。

夜天は若草色のスーツに身を包んで、
朝ごはんの場に現れた。

食堂に来た夜天はなんとなく違和感を感じた。

この食堂についたのは自分1人だけ。

夜「ねえ、大気。」
夜天は大気に話しかけた。

大「どうなさいました、夜天さま?」
大気は夜天のそばに寄った。

夜「うさぎは?」
夜天は大気に聞いてみた。

大「うさぎさんは学校ですよ。」
大気はよどみなく答えた。

夜「学校・・・。」
夜天はつぶやいた。

大「ええ、もう夏休みも終わりですので、
うさぎさんも学校にいきましたから。
お昼になって、お戻りになられたら、
お話をなさってください。」
大気はくすりと笑っていった。

そうこうしているうちに、
キッチンから夜天の好きな
スクランブルエッグが運ばれてきた。

もちろん、いつもと同じ味の朝ごはん。

1人で朝ごはんを食べるのもいつも通り。

それでも・・・。

う「いっただっきまーす!」
おいしそうに食べるうさぎの笑顔を見られないことで、
そしてうさぎのおしゃべりを聞けないことで、
ただそれだけで、朝ごはんが味気なく感じる、
夜天はそんな自分に戸惑っていた。

*****

な「へー、温泉に別荘にいろいろ行ってきたのねー。」
なるはうさぎの話を熱心に聞いていた。

う「うん。」
うさぎはニコニコしながらうなずいた。

実際、うさぎは家族と温泉旅行に行ったときも、
夜天たちと夜天家の別荘に行ったときも、
同じくらい楽しんでいた。

今やうさぎは夜天家の人々も
自分の家族と同じくらい
大事な人なのだと感じていた。

学校に来るのは楽しい。

でも、学校にいると夜天に会えない。

そんな楽しさと寂しさが入り混じった学校生活が
今再び始まるのだ。

と、その時、担任の先生が教室に入ってきた。

もうSHRが始まる。

「起立、気を付け、礼。」
日直の生徒が号令をかけたので、
うさぎはそのまま学校生活に
溶け込んでいった。

*****

この日は始業式しかないので、うさぎは昼前には
夜天家のお屋敷に戻っていった。

夜「うさぎ。」
夜天はうさぎが戻ってきたと知らされ、
会議を中断して、
玄関にやってきた。

う「夜天さん、戻りました。」
うさぎは夜天に微笑みかけた。

うさぎも夜天もお互いに会いたいと思っていた、
そのことに気づかされた。