美「うさぎちゃん!」
美奈子の声が遠くに聞こえる・・・。

☆★ 先生のおうち ☆★

美「うさぎちゃん!
しっかりして!」

美奈子の声を聞きつけて、星野が駆けつけてきた。
星「どうした?」

美「うさぎちゃんが、急に倒れちゃって。」
美奈子は必死で訴えかけた。

星「とりあえず、涼しいところへ。」
星野はうさぎを抱いて、
木陰へ運び込んだ。

そして落ち着いたところで、
星野はポケットの中から
十番自然公園の地図を広げた。

星「ここに、救護室がある。
とりあえず、おだんごをここに運び込もう。」
星野は地図にかいてある
入り口近くの建物の絵を指さした。

*****

そのまま、星野と美奈子は
うさぎを救護室へ運び込んだ。

救護室の入り口には
「ただいまの時間、医師駐在中。」
という札が下げてあった。

中にいた医師はとりあえず、うさぎを診察した。

医「うーん、体温、血圧、脈拍といったバイタルデータは
特に異常が見当たらないので、
少し様子を見ましょう。
何かあったら、すぐに救急車も
呼ぶように心構えをしておきますから。」

医師はそういって、少しうさぎを休ませることにした。

とはいえ、心配なので、
美奈子はずっとそばに付き添っていた。

*****

そのまま、しばらく時間がたった。

うさぎは、ふっとめを覚ました。

美「うさぎちゃん!」
美奈子の声にはうれしさがにじみ出ていた。

美「心配したのよ。
うさぎちゃん、急に倒れちゃって。」
美奈子はそのままうさぎに抱き着いた。

う「み・・・、美奈子ちゃん・・・、
く・・・苦しい・・・。」
あまりにも美奈子がぎゅっと抱き着いてくるので、
うさぎは、びっくりした。

医「ああ、気が付いたんですね。
大丈夫ですか?」
医師はそういうと、再びうさぎを診察しようとした。

その時だった。

ぐぅーーー。

うさぎのおなかがなった。

医師はくすくすと笑った。

医「お薬よりも、別のものが必要なようですね。」

大「大丈夫ですか?」
大気も入ってきた。

うさぎの様子が心配だったので、
星野と大気が交代で、ここにはりついていたのだ。

う「ごめんなさい。
実は、ゆうべ楽しみすぎて、なかなか寝れなくて。
それで、起きるのが遅くなっちゃって、
朝ごはん食べ損ねて・・・。」
うさぎの説明に大気も医師も笑っていた。

大「まあ、大事に至らなくて、よかったです。
もしよければ、屋台でなにか買ってきますよ。」
大気がそういうので、うさぎは大気に任せることにした。

やがて、大気はソース焼きそばを買ってきたので、
うさぎは救護室ではふはふ言いながら、食べた。

焼きそばはふつうにおいしかったけれど、
でも、ここにいてほしい人がいない、
うさぎは漠然とそんな思いを抱えていた。

[newpage]

夜天も、生徒の1人が倒れた、
という知らせには驚いた。

もちろん、引率の責任があるから
みにはいきたかったのだが、
とはいえ、生徒の指導がある以上、
持ち場を離れるのは難しかった。

ただ、星野と大気が交代で
様子を見に行っているとのことなので、
体調不良の生徒は2人にまかせて、
とりあえず、生徒の指導に集中することにした。

そこへ
大「夜天。」
大気がやってきた。

夜「大気。」
大「気が付きましたよ。
2年1組の月野うさぎさん。」
大気は夜天にそう報告した。

夜「月野・・・うさぎ・・・?」
夜天は驚いた。

たしか、画材屋で出会った生徒がそんな名前だった。

そう、金色のおだんご頭の。

夜「その子って、金色のおだんご頭の子だっけ。」
夜天は素知らぬふりをして聞いた。

大「ええ。
熱中症だったらと心配していたのですが、
どうやら、寝不足と空腹で疲れが出ただけらしいので、
少し休ませて様子を見ています。」
大気はそう答えた。

夜「そうなんだ。」
夜天は内心の動揺を押し隠すように、
言葉を継いだ。

大「珍しいですね。
生徒の特徴をちゃんとわかっている生徒がいるなんて。」
大気の指摘に
夜「余計なお世話。
ぼくにだって印象に残る生徒はいるよ。」
そう答えておいた。

そう、彼女は生徒の1人に過ぎない。

単に画材屋で出会ったとか、
そういう出来事があったから
覚えているだけだ。

夜天は自分で自分に
そう言い聞かせた。

大学の指導教授からもよく言われたものだ。
教「きみはセンスはあるけれど、
もっと他人に興味を持ったほうがいいよ。」

そんな指摘を受けるくらい、
夜天は他人に対する興味は薄かった。

むしろ、星野や大気のように
夜天の興味をひく人間のほうが珍しかった。

それでも、当の大気は
夜天が以前に比べて、
他人に興味を持ったことに
やっぱり、教師になったことが
夜天にプラスに働いた、
と思っていた。

*****

やがて、みんなのお弁当の時間になったので、
美奈子は救護室でお弁当を広げ始めた。

が、うさぎがお弁当を広げる様子はない。

美「うさぎちゃん、お弁当食べないの?」
美奈子の疑問に
う「実は、今日パパとママが
田舎のおじいちゃんちに行っちゃって、
お弁当用意してもらってなくって。」
うさぎはそう答えた。

なるほど。

そう考えると、うさぎが空腹で倒れたのも、
ぎりぎりに出てきたのもうなずけるものだ。

美奈子はそう考えていた。

美「うさぎちゃん、何か買ってこようか?」
美奈子はうさぎにそう聞いたが、
星「よう、おだんご。
昼飯食えそうか?」
星野がそう言いながら入ってきた。

美「あ、星野先生。
うさぎちゃん、お弁当ないっていってて・・・。」
美奈子は星野にそう報告した。

星「え?」
星野は驚いた。
星「じゃあ、なんか買ってこようか?
なにがいいか?」
星野はそう聞いてきた。

う「あ・・・、さっき大気先生から
ソース焼きそば買ってもらったから、
それ以外なら・・・。」
うさぎがそういうので、
星「じゃあ、適当にかってくるや。」
星野はそう答えた。

というわけで星野は売店で
自分の分の牛丼と
うさぎの分のミートソーススパゲッティを買ってきた。

ついでにアイスコーヒーと
アイスティーを2人分。

美奈子とうさぎ、そして星野は
救護室でおしゃべりしながら、
楽しくお昼時間を過ごした。

[newpage]

午後の時間帯は、
気温が高くなってきたこともあって、
うさぎは大気と星野のどちらかに、
見張られながらの写生会になった。

午前中は花壇の花を写生していたので、
同じエリアで写生をしたい、
と思っていたのだが、
日陰にいるようにと、厳明されたこともあり、
木陰から見える花壇の花を写生することにした。

そして、何回もうさぎは水分をとるよう
指導されながら、絵をかき上げた。

そして、夕方になり、
解散の時間になった。

うさぎは、うさぎの両親に謝罪するから、
と言われ、再び救護室に
美奈子と一緒に隠されていた。

*****

解散のあいさつで
夜「今日も倒れた生徒がいたし、
みんなこういう授業の時でも
無茶しないように、してください。」
夜天はそう生徒たちにいった。

夜天自身も、こんな自然豊かな場所での
授業をして癒されたのか、
夜「また、こういう授業をしたいときには
言ってくれたら、また企画するから。」
そういうふうに思いがけない言葉をいった。

たぶん、以前の自分なら
あまり言わない言葉かもしれなかった。

そんなことばに見送られて、
生徒たちが解散していったのを見届けてから、
星野と大気、それに夜天は救護室に向かった。

*****

大「大変お待たせしました。」
3人はうさぎと美奈子の前に現れた。

大「月野さん、今日はすみませんでした。
ただ、ちゃんと親御さんには説明と謝罪をしますので、
ご安心ください。」
大気のことばにうさぎはどきっとした。

そう、今日は家に父の謙之も母の育子も
弟の進悟すらもいない。

田舎の祖父母の家に一泊する予定なのだ。

美奈子はうさぎが言いづらそうにしているのを見て取って、
美「実は、今日うさぎちゃんのおうちには
誰もいないらしくって・・・。」
そう説明することにした。

美奈子ははっとした。

うしろからうさぎが自分のスカートのすそを握りしめている。

3人は驚いたようだった。

大「そうですか・・・。
体調を崩した上に1人のおうちに帰るのは
さぞ心細いでしょうね。」
大気は神妙にそんな言葉を口に出した。

大「では、もしよろしければ、
月野さん、わたしたちのおうちで
一緒に夕飯をいかがですか?
もちろん、愛野さんもご一緒に。」

星「おれたち、ルームシェアしていて、
一緒に住んでるんだ。」
夜「夕飯くらいなら、一緒にどう?」

先生たちのおうちに行ける。

うさぎも美奈子も、その事実に戸惑っていた。