大「写生会?」
大気が驚いたように言った。

☆★ 先生と写生会 ☆★

夜「うん。」
夜天が返事をした。

この日の夕食後の時間、
早速、夜天は大気に相談を持ち掛けたのである。

夜天は大気に説明をした。

生徒たちから写生会のリクエストが来たこと。

そして、自分たちの学校との契約上、
そのようなことは可能なのかどうか。

契約書を一応眺めてみたが、
それらしいことは書いていなかった。

書いていない以上できないのか、
それとも想定されていないだけで、
学校との交渉次第でできるのかどうか。

そういうことも、読み取りは困難だった。

大「珍しいですね、人に興味のないあなたが、
ひとのリクエストにこたえようとするなんて。」
大気はくすくすと笑いながら言った。

夜「珍しい、は余計。」
夜天は不機嫌な様子で、
ぷい、とあさっての方向を向きながら言った。

大気は相変わらず、くすくすと笑っていた。

大「いえいえ、では次の出勤日に、
わたしが事務方にも確認してみますよ。
星野はそういう交渉とか苦手そうですからね。」

リビングの端にいた星野が
星「おい、しゃらっと失礼なこと言うなよ。
まあ、外れてもいないけど・・・。」
そんなことを言うので、大気はまだ笑っていた。

でも・・・、
本当に夜天が生徒の言うことを聞こうと思うなんて、
どういう風の吹き回しなのだろう、
大気は思っていた。

*****

夜天は部屋で生徒たちの作品を見ていた。

非常勤講師とはいえ、教師である以上、
生徒たちの成績をつけなくてはならないため、
夜天は生徒たちの作品を家に持ち帰っていた。

連休前の写生の授業の作品、
今日の人物画の作品。

もちろん、クロッキーの3作品もある。

出来栄え、伸びしろ、いったいどこに注意をすれば、
作品の完成度が高くなるのか。

評価や指導のポイントとなる点はいくつもある。

今日は2時間とも人物画にさいた。

自分の絵とそしてモデルとなる相手と
しっかりと向き合ってほしかったからだった。

だから1コマ目に絵を描く生徒は
1時間しっかりと相手と向き合い、
絵をかいてもらい、そして
2コマ目は役割を逆にして、
相手にとことん向き合ってもらう。

大学の指導教授もことあるごとにそう言っていた。

人物画を描くときは、自分にも相手にも
とことん向き合うようにと。

ぱらぱらとめくったときに、
赤いリボンを付けた金色の髪の女子生徒の絵が出てきた。

今日、写生会を提案した美奈子が描かれた絵だった。

そう、この子とペアになっていたのは
金色のおだんご頭の女子生徒。

連休前に画材屋で偶然出会った、あの子の名前は・・・。

たしか・・・、つきの・・・、うさぎ・・・。

裏を返してみたら、案の定
「2年1組 月野うさぎ」
そう書いてあった。

[newpage]

うさぎは部屋のベッドで寝ころんでいた。

今日の授業の時、美奈子が写生会を提案していた。

あの時、美奈子はうさぎのほうを見てウィンクしていた。

あれは・・・、美奈子はうさぎが夜天が気になる、
というのを知っているため、
「がんばって!」という意味のウィンクだったのだろうか。

どう解釈したらいいかわからないため、
うさぎはベッドの上で、
上向きになったり下向きになったりなど、
ごろごろと転がった。

そこへ
ル「にゃおん。」
ルナがうさぎのおなかの中に乗った。

ルナはうさぎのおなかが大好きらしく、
うさぎがベッドでごろごろしていると
必ずと言っていいほど、おなかの上に乗ってくるのだ。

う「重いよー、ルナー。」
うさぎは情けない声を出して、
ルナを自分の顔のほうに引き寄せた。

*****

さて、翌日の木曜日は基本的に星野が授業なのだが、
木曜日は大気が午前中だけ事務の手伝いをしている。

事務の手伝いもしてみたい、という大気のたっての希望だった。

そして、学年主任の先生や事務方の主任から、
夜天がリクエストされた写生会の話をしてみたのだが・・・?

*****

この日の夕方はレイの家庭教師の日。

先日から、十番高校の生徒である亜美が、
一緒に勉強をすることになっている。

大気は大気で自分の学校の生徒なので、
どうかという気持ちはあったのだが、
亜美からは
亜「ただの家庭教師の生徒だと
思っていただいて大丈夫ですから。」
そういわれて、押し切られてしまった。

大気は古典が得意。

だからこそ、文系に進んだのだが、
根っからの勉強好きである大気は
もちろん、高校生レベルの数学も
きっちりと勉強していた。

亜美も亜美で文系にもかかわらず、
数学も高校生レベルは楽に教えられる大気に
とても刺激を受けていた。

そしてそんな2人に囲まれて、
レイもあきれられたり、
レベルが低いと思われたりするのは
癪に障るので、しっかりと予習復習は欠かさなかった。

そもそも、両親の教育方針で
小さいころから学習塾に習い事に
いろいろと忙しくしていたレイなだけに、
2人の存在はとても刺激になるものだった。

3人は互いに切磋琢磨しあい、
勉強に熱心に取り組んでいた。

*****

この日の夜。

大気はいつもレイの家庭教師の日は
レイの家からいくつかおかずを分けてもらうので、
買い物に行く必要もあまりなかった。

作り置きのひじきと
レイから分けてもらった煮物、
そして鮭の焼いたものとお味噌汁。

星野は和風すぎるおかずには
たまに不満を述べることもあったし、
夜天も少し偏食気味なので
いやそうには食べていたが、
基本的に食事は大気に
全面的に任せる約束になっているため
2人とも黙って食べていた。

そして洗い物も終わって、
少しくつろいでいる時間に、
大「夜天、写生会の件ですが。」
大気は、そう夜天に話を切り出した。

*****

大「結論から言うと、一応学校側としては
事前に申請というか、届け出を出していれば
認めるそうです。」
そう大気は言った。

基本的には許可制なのだが、
まず、事前に計画書を提出し、
内容に問題がなければ、
申請はほぼ通らないことはないそうだ。

ただし、参加できる生徒、参加できない生徒
それぞれに成績の有利不利がないよう、
自由参加にすることと、
当然、参加する生徒の費用は生徒自身に負担させることを
きちんと守ってほしい、と念押しされた。

終わった後は報告書を出すこと、
もちろん、給与は相応の分を出すため、
労災も適用されることなどが説明されたという。

夜天は思った。

夜(まさか、このぼくが生徒のリクエストを聞くなんて。)

でも、そんな自分も悪くない、
夜天はそう思った。

[newpage]

翌週の美術の時間に、
自由参加にはなるが、十番自然公園で写生会を行うことが
生徒たちに告げられた。

もちろん、この1週間、夜天は企画書を練って、
先ほど学年主任の先生からOKをもらった。

1年生や3年生の生徒も対象になるし、
星野や大気もサポートとして
ついてきてくれるという。

生徒たちは、わっとわいた。

もちろん、うさぎも美奈子も
うれしさに歓喜した。

早くしないと梅雨に入ってしまうし、
梅雨が明けたら夏本番で写生会どころではない。

というわけで、急だが2週間後の土曜日に
写生会をすることになった。

*****

というわけで2週間たって、
写生会の当日になった。

うさぎはわくわくが止まらなくて、
少し寝不足だったが、
そんな気分を吹き飛ばしてしまうほど、
この日はいいお天気だった。

夜天は集まった生徒数の多さに、
少しげんなりしていたが、
星野と大気がしっかりとさばいてくれたので、
とても助かった気持ちになっていた。

うさぎと美奈子は2人で林のエリアや
花壇のエリア、芝生のエリアなどまわり、
どこで写生をするか、いろいろと話し合っていた。

美「あー、写生より寝ころびたいわねー。」
美奈子が芝生に寝ころんで言うと、
う「そーだねー。」
うさぎも寝ころんでいう。

そして、2人であはは、と笑いあう。

美「さて、どこで写生するか考えなくちゃ。」
美奈子がまたしてもウィンクしながら、
うさぎに話しかけた。

*****

結局2人は花壇のエリアで花を描くことにした。

先日の学校内での写生の授業と
同じようなことになってしまったが。

大「おや、2人ともお花の絵ですか?」
後ろから大気に声をかけられた。

う「大気先生。」
美「大気先生って植物に詳しいって聞いたんですけど、
この花の名前ってわかりますか?」
美奈子が大気に聞いてみた。

大「こちらは、パンジーですよ。」
さすが詳しい大気はすぐに答えてくれる。

うさぎと美奈子は楽しそうに大気の答えに反応する。

それにしても暑い。

前日の寝不足もあり、
うさぎはだんだん意識がもうろうとしてきた。

美奈子の言葉に相槌を打ちながら答えているつもりなのに、
美奈子の言葉がだんだん遠くになって聞こえる・・・。

そして・・・。

ばたっ・・・。

うさぎはその場に倒れていた。

美「うさぎちゃん!」