我が家の日曜日の朝は『題名のない音楽会』。

今朝は先日亡くなったピアニストの中村紘子さんを偲ぶものでした。

中村紘子(あまりにも有名人なので敬称を省きます)のコンサートは1度だけ行ったことがありました。サントリーホールで、確かメインの曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲。その冒頭は誰でも一度は耳にしたことがあるあの有名中の有名な曲です。

華やか、派手、華麗、壮麗、豪華、とにかくそういう類の言葉が浮かぶような演奏でした。(ちょっとミスタッチが多かったような気がするけど…)

それが彼女の持ち味なんだと思います。いろいろな意味で強烈でした。

私の場合は、中村紘子と聞くと真っ先に思い浮かぶのは彼女の夫の庄司薫です。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』で芥川賞を受賞した庄司薫は、この作品の中で主人公の青年に「中村紘子さんみたいなきれいな人にピアノを習いたい」という趣旨のことを言わせています。それを読んだ中村紘子がしっかりその作戦にひっかかり、めでたく結婚までしてしまったと庄司薫は後日談を書いています。確かに今朝『題名のない音楽会』で紹介した彼女の30歳ごろの写真を見ると綺麗です。ちょうどこのころ庄司薫と結婚したみたいですね。

中村紘子の著書にも夫の話が出てきました。それによると、彼女は飼い猫をたびたび叩いていたのだけれど、夫は執筆でどんなに取り込んでいるときでも猫が寄ってくると、「やあ、お前か。」と声をかけて優しく撫でてやっていたとか。それを見て、彼女も学ぶところがあったようです。

庄司薫は、あの有名な4部作(『赤頭巾ちゃん気をつけて』、『白鳥の歌なんか聞えない』、『さよなら快傑黒頭巾』、『ぼくの大好きな青髭』)以外に、特に世間に注目されるような本は出していないようです。「あいつは中村紘子のヒモになった」という周知の陰口もありますね。

でも、庄司薫と結婚したおかげで中村紘子が得られた精神的な広がりは演奏家しても一人の女性としても計り知れないほど有意義で大きいものだったと思います。

中村紘子は、見ての通り良い意味で激しくアグレッシブな人です。一心不乱、猪突猛進、華麗を求めて突き進むエネルギーは素晴らしい。でも、その分視野が狭くなりがちだし、激しさゆえに優しさを失いがちです。

一方、かの大書店、三省堂の息子と噂される庄司薫はおぼっちゃま系ディレッタントの人。『赤頭巾ちゃん気をつけて』や『さよなら怪傑黒頭巾』(これ、大好きでした)を読むと、育ちの良さから来る博愛的な優しさが感じられて、若き日の私は胸が熱くなり作中の庄司薫に恋をしてしまったぐらいです。

そんな男性が夫としてそばに寄り添ってくれたことは、中村紘子の人間の幅も演奏家としての幅も広げたはずです。

愛犬家の中村紘子が夫の庄司薫と夜の青山ケンネルで子犬を楽しそうに見ていたところを目撃した友人がいました。生活の中のそんな優しい寄り添いこそ、演奏家としての激しい彼女の人生には救いだったのではないでしょうか。

中村紘子のことを書くつもりが、庄司薫の話ばかりになってしまいました。

中村紘子という日本を代表するピアニストは庄司薫の存在あってこそだと思います。

今朝の『題名のない音楽会』では、彼女らしい華麗な演奏シーンをいくつも紹介していました。ショパン、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ベートーベン、どれも華麗で豪華な選曲でした。ピアノの音の1つ1つが華やかで、衣装も『ベルサイユのばら』並みにゴージャスなお姫様系。これぞ中村紘子!という感じです。

72歳という寿命は現代日本では少し短い方ですが、きっとやりたいことにエネルギーを注ぎ込む充実した人生を駆け抜けて思い残すことは何も無いと思います。

ご冥福をお祈りします。

そして、演奏家も生身の人間なのでコンサートは思い立ったが吉日ですぐに行こう!とあらためて思ったのでした。