私の人生のテーマにいつもあるように思う。



子どもの頃は、

家族以外の人間関係が上手くいかなくて


家以外の世界に出たくなかった。



だから、

物質的には豊かだけれど


一般的な小学生〜学生という人たちより


つらいと思っていた。



でも、

不自由ない生活できてるし

(食べすぎだった)


興味の幅も狭かったし、

けっこう満足していたし、


比べるところが、

恵まれない国の人たち(子どもの頃に話を聞いてずっと心に残っていた)だったから


贅沢しすぎはよくないと自分を罰しているところもあった。



家だけにいれたら

幸せだったのか…?

(昔は家が一番安全で安心の場だと思ってたけど)



いやぁー

そんなこともないわけで。





私は何を求めてるんだろうか


と考えると、


「自由」なのかもしれない。



20歳を超えてから


家を出てから


年々楽しくなっている。




あんなに引きこもっていたのに。

井の中の蛙だったなぁーというかんじ。



当たり前が当たり前じゃなかったことにも気づけたし、


意外と自分でできることもいっぱいあるんだと気づけると


どんどん自由になったんだと思う。




自由な気持ちを

狭めるのは、


世間体や

人の評価を気にすることだなと思う。


常識というのは、多数派なだけ。


それに外れるとやっぱ


心が苦しい時もあった。



今もちょっと、まだゴールまで行っていないから


ひねくれる時もあるし

悔しい時もある



でも、なんで

それでも諦めないのか?



やっぱり想像できないからかな。


普通に結婚して子供ができてという


恋愛ドラマとか


日常ほのぼの系

家族ドラマな人生が


どうしても私じゃないってなってしまう😇



ホロスコープは

自分で決めてきたというけれど、


いや、ほんとに


どうしたいのって読み返すたびに思う(笑)


上記じゃないことは分かってる。



これを誰かに理解されたいってなると

苦しくなるわけで。


なんか、



「自分以外他人」ということを子どもの頃思っていたけれど、



完全に理解されることなんて


ないという諦めというのか


悲しみというのか



でも、

それはある意味

「みんな違ってみんないい」


と一緒じゃないかなと思う。


誰一人一緒じゃないから、

分かり合えないことはあるけど、


尊重はできるし、

自分も尊重されていいということ。


だから、


自分の思うように生きよう


と改めて思った。


今日この頃