もうじき、七七日、本当の四十九日が来ます。19日の水曜日です。母は1月2日に亡くなったのでその日を入れて七日目が毎週水曜日で、今まで水曜日ごとにやってくる

審判の日に、新しいお団子を作り、古いのと交換し、それぞれ二七日、三七日、四七日、五七日、六七日…と、お札も後ろへ回して行き、今は一番長いお札が前に来てて、納骨の時、それはお墓に立てるそうです。

毎朝、実家へ行き、仮祭壇のお水とお茶を替え、蝋燭に火を灯し、お焼香してお経を読みました。

父は本当に魂が抜けてしまった抜け殻状態で、最初の方は蝋燭も、私が帰る時は必ず、消して帰っていました。

祭壇の母に話しかける父は涙混じりで痛々しく、1人にしていてはいけないって思って、母がいた時と同じように、朝来て、けどピンポンでなく、鍵で開けて入るようにしました。

もう、母が1人で出るのを防ぐための鍵は外していたから。

父にもおはようって入って行きますが、祭壇のある部屋を開けて「母さん、おはよう」って生きてる時と同じように声かけして入ります。

できるだけ、元気を出してもらえらように父と話しました。



葬儀が終わってまだ弟が残ってくれていろいろな手続き、母の厚生年金のことや、母の預金してある銀行、郵便関係のことや

マイナンバーのことやなんかのこと、後、

我が家にはお仏壇などなかったので、母が新仏になるので、お仏壇を四十九日までに用意しないと行けないので、お仏壇屋さんへは私も父と弟と行って来ました。

父が選んだお仏壇に決めました。

お位牌は、夫婦で一つのものがいいと、母の名前が先に入るものを選びました。

おりんだけはその日にもらって帰れました。


葬儀より先に、救急車も来てたので気付かれたのか、ご近所さんが何軒かお香典を下さってたので、お通夜に来てくれた方にお返しするご会葬礼状のお茶とお清め塩を、父さんと二人で配って回りました。

父は近所の人達に、母が転んでしまってどこか打ったのが悪かったんやろうみたいに話してたみたいです。

心臓の発作で意識無くして崩れるように倒れたけど、どこも打ってはなかったのに、

その瞬間を見てなかった父は本当に転倒して頭でも打ったと思い込んでたみたいです。先生が、心臓と説明してくれたのに…

そのことを話すとご近所の方の中には、

コロナのワクチンがいけんかったんかもしれんよ!って言われる人もいました。


親戚には、皆高齢だし、離れているのですぐには知らせない方がいいというので最初は黙っていました。

けど、私の娘がインスタに載せたのを私の従兄弟のお兄ちゃんが見てしまい、LINEが来てしまったのでその兄弟には知られてしまい、御香典やお花が送られて来ました。お香典をくれた人達に四十日後に香典返しを送るための準備も弟が手配してくれました。


お墓と安楽寺にも弟と父と一緒に行ってみました。お墓に納骨する時、どんなか、確かめに。父は早くからお墓を買っていて名前はもう入ってますが、敷石が年数経って汚れて来てるのを見て、気にし始めました。お墓の周りの草のことも。


だから弟が帰ってから、お墓の敷石を石屋さんに頼むと高いから、ホームセンターに買いに行こうと言い出したので、一緒に行ったのですが、同じようなものがなく、また別のホームセンターへ。けど、ありませんでした。Amazonで検索して見せたけど、どれも父は気に入らないようで、

「やっぱり、石屋に頼むかー」というので、弟に聞いてもらうことにしました。

結局、敷石を替えるとなると、高くて5万、2万はかかるというので、びっくりした父は敷石を自分で洗うことにすると言い出しました。

妹が葬儀後に一度帰省してた時、一緒にお墓に行き、その時妹が一部、石を洗ってみたのが、他より綺麗になってたのを私も見ました。

じゃあ今度一緒に草引きと敷石を洗いに行こうって言ってその日は帰ったのですが…

なんと、次の日には父、墓の敷石洗って来たというではありませんかー!!

1人で午後から自転車で行って4時間もかかって、洗ったようです。

さぞ、大変だったろうと思います。

けど、それで心はほっとしたようです。

草も妹と行った時、主だったとこは引いていたようで、そこに除草剤をまこうーということで私が買って来たやつを父と一緒に行って巻きました。敷石も綺麗になってました。お墓も綺麗に拭きました。


家に帰ってから、「これで、お墓のことは安心したわ」と言っていました。


近所の人でまだ来られてなかった方達が来られたときは、から祭壇もあったので、上がって頂いてお焼香してもらいました。

母の遺影を見て「あーこの笑顔やーいつも

この笑顔で、手を振ってくれよったんよ〜」と言ってくださいました。









母は人懐っこく誰にでも挨拶して仲良くなろうとし、スキンシップを好む人で、私にもよく抱きついてました。

迎える時はとびっきりの嬉しそうな笑顔で、見送りは角を曲がるまでずっと立って手を振ってくれてました。

実家へ来る時、途中の道まで出て来てくれてる時もあり、時折り母がいるんじゃないかって思えてしまうぐらいです。

そんな母だから、父の恋しさは半端ないのでしょう。寂しがって元気ない父を何とかしなくちゃって思ってました。

そんな時、今度は父は母の弟のとこや父のお姉さんに、母のこと、知らせないかんやろーと気になり始めたようです。

弟とは四十九日を過ぎてからにしようということでしたが、父が気にしているし、もう知らせてもいいかな?と思って電話しました。

母は七男四女のきょうだいで、もう生きているのは四女の母の下の七男の弟だけでした。

父の方は、お姉さんと妹さんが残っていて父を入れて3人です。父も兄弟多かったのですが、みんな亡くなってしまってます。

母の実家には母の弟の奥さんがいて、小さい頃からそのおばちゃんとは馴染みが深かったので私が話しました。

父のお姉さんは時々、普段から電話してくると、いうので父に直に話してもらいました。けど、電話ではおばちゃんに詳しくは話してないまま、父電話を切ってしまったので、後からおばちゃんに便りを出しました。

父がガックリ来ていて、元気がないのでたまに電話して来て下さいとも書いておきました。さっそくまたすぐかかってきてました〜

父もとりあえず、連絡できたことも一安心のようでした。

それで、また御香典を受け取るのも、父は私がいない時は気づかないようで、常に、不在票が入ってあるので、再配達を希望するには時間帯がどうしようもなく難しいので、近くの郵便局にこちらから取りに行くように予約しました。

父の代理で受け取るには父のマイナンバーカードを見せても、私の住所が同じでないので、証明が面倒なことになるということで、父も車で待ってることを告げると局員の方がわざわざ父に代理が長女の私であることの確認に来ましたよ。

戸籍謄本の写メも見せたのにですよー

でも、これであそこの郵便局は私が行っても大丈夫ということになりました。


父は昔、尺八をやってました。昭風という名前までついてるんでよ。だから、また始めてみたら?って、尺八を探し出して父に渡しました。

その日は私が強くすすめるので、手にとって試してみてました。

母さんにまた、聞かせてや〜って!





やっぱり、吹いてないと、こがに吹けんなるもんなんじゃのおー、これは毎日練習せんといかんわ。

…それで、やる気出してくれたかと思いきや、ぜんぜんでした。その日だけでした。

父はクラリネットも持ってるんですよ。会社で吹奏楽部にも入ってたみたいです。

尺八また、上手になって、母さんが行ってた歌声喫茶に行って披露しようやって言ったけど、それはとても期待できんぞ。と、言う父なのです。


話しは前後しますが、1月17日は母の誕生日だったので、ケーキを買ってお供えしました。テーブルの上には小さな遺影もあるので、3人で食べました。









五七日のお団子は、妹が「私も作りたい!父さんと3人で作ろう!」って父さんを元気付けようとまた、広島の福山からやって来てくれました。

なかなか、やろうとしなかった父ですが、妹が言うとやり始めてくれました。

母もそうです。妹がいうと、歯磨き一緒にしたって!

妹にはそういう力があるんですよ。






私が指さしてるのが、父が丸めたお団子です!


妹が指してるのは妹が丸めたお団子。

私はいつもやってるので、二人が丸めたお団子をピラミッドに積み立てました。

それを蒸して、冷めるのを待つ間、3人で近くの温泉行って帰って来てから出したのが指さしてる出来上がりお団子です。

最初のは、蒸す前。



コレは、妹が葬儀の後、1月にまた帰って来てくれた時に、母さんにピッタリやろ!って見つけて来てくれた毛糸の花。


これも


生花も花瓶ごと持って来てくれました。


私は毎日午前中、実家へ行って一日おきに、父と近くの温泉に通ってるんですが、

午後から毎日温泉に行ってる夫が、

クーポンがあるけん、今度お父さんも誘って喜助の湯の岩盤浴、行かんかって、言ってくれました。

それで、ある日、夫の希望する曜日に父を連れ帰って喜助の湯へ行って昼ご飯を食べてから入りました。









ところで↑この、父が着ているグレーのジャンパー、亡くなった日も母が着ていたものです。その下に黒のジャージも着てるのですが、それも母が家で着ていたものです。

妹がもう少しで洗ってしまうところやった!って気にしてたけど、父は母が着ていたものを身につけているのです。

実は私もずっと、母がデイに行く時着てた黒のパーカーをずっと着ているんです。

洗濯できずにいます。


四十九日が近づいてきてて、

なんか、本当のお別れが来てしまうみたいで、悲しいです。父も納骨してしまったらお墓に移るんは、やっぱ、家にいるのと違うけんのう〜ずっと側にいて欲しいが…って寂しそうです。

今夜は最後のお団子作りです。