より速く | ぽけっと

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主に映画の話。(だったはず)
ここをわたしの記憶ぽけっとに。

観る事はないと思っていた映画

アイルトン・セナ
2010年 イギリス


ぽけっと





息子が父の誕生日にとDVDをプレゼントしたので
ついに私も観る事に・・・。

悲しくて泣けてくるだろうから
観たくなかったけれど
やっぱり観てよかった。

セナとプロストという
全く違うタイプの天才ドライバーの戦いは
とてもレベルの高い戦いだったのだ。

その争いは時に周りを巻き込み
金や権力をも巻き込んで
どろどろした政治的なものにまで発展し
F1ファンをがっかりさせるものにまでなってしまった時もある。

それは・・・
お互いが自分のやり方を貫こうとする妥協のなさから
そうならざるを得なかったのだ。

あくまでも
より速く走る事を純粋に求め続けたセナと
結果を重視し
チャンピョンになるためには
どういう走りをすればいいのかを計算しつくし
シリーズを戦ったプロフェッサー・プロスト。

全く違うタイプの走りを追及する
両者の戦いが
あまりにも拮抗しすぎていたために
大きな摩擦が起こってしまったのだ。

当時
何度観たか分からない
鈴鹿のシケインでの接触シーンと
翌年のスタートでの1コーナーでの接触シーン。

もう観たくないという思いが強かったけど
時を経て観てみると
そうなるのも仕方なかったと思えてくる。

やがて
両者の戦いは
プロストの引退で幕となる。

古巣マクラーレンを離れ
ウイリアムズに移ると
新たなライバル、シューマッハが現れる。

チームが変わりレギュレーションも変更され
挙動が不安定なマシンに悩まされながらも
戦わないわけにはいかない。

妥協のなさが速さの理由であり
速さに魅せられ続けたアイルトンは逝ってしまった。

彼の事故は
レーシングアクシデントのひとつであり
避けようがなかったとも言えるし
彼がもう少し慎重に走っていれば
避けられた事故かもしれない。

でも事故は起こってしまったのだ。

セナは妥協することができなかった。
私はそう思う。

彼は
常に現実のかなた先を見ているような眼をしていた。
より速くを求める事が
彼にとっての走る意味で
生きる意味でもあったのだ。

観終わって涙は出なかった。

アイルトン・セナという人は速さに魅せられて
その事のみだけを求めて人生を駆け抜けようとした
類まれな天才だと改めて感じ
それをリアルタイムで観る事ができた幸せを
しみじみとかみしめたのだった。