革心  五十二



山本伸一(やまもとしんいち)たち訪中団一行が、南京(ナンキン)から北京(ペキン)空港に到着したのは、午後七時四十分(現地時間)であった。

秋冷えのするなか、空港では、中日友好協会の張香山(ちょうこうざん)・趙樸初(ちょうぼくしょ)副会長、廖承志(りょうしょうし)会長の夫人である経普椿(けいふちん)理事をはじめ、多数の〝友人〟が出迎えてくれた。

既に四度目となる宿舎の北京飯店(はんてん)に着くと、外は雷雨となった。

翌十七日も、激しい雨が降り続いていた。 

「天が大地を清めてくれているんだ。

すばらしいじゃないか! 雨に感謝だよ」

宿舎を出発する時、伸一は、皆にこう言って、笑いの花を咲かせた。

一行が向かったのは、前年九月、天安門(てんあんもん)広場の南側に完成した毛主席記念堂(もうしゅせききねんどう)であった。

車を降りた時には、雨はあがっていた。

記念堂には、毛主席の遺体が納められている。



一行は献花して追悼の祈りを捧げた。

その後、北京の北西約五十キロにある明(みん)の十三陵の一つである定陵(ていりょう)を見学した。

定陵を巡りながら、伸一と趙樸初副会長の語らいが弾んだ。

趙副会長は、中国仏教協会の責任者でもあり、これまでにも、何度か仏教談議を重ねてきた。

この年の四月にも、中国仏教協会訪日友好代表団の団長として来日し、聖教新聞社で語り合っていた。

定陵で二人は、「一大事因縁(いちだいじいんねん)」「五味(ごみ)」「開示悟入(かいじごにゅう)」などについて意見を交換したあと、法華経を漢訳(かんやく)した鳩摩羅什(くまらじゅう)をめぐって、翻訳論が話題となった。

趙樸初が言った。

「仏法の翻訳という作業においては、言葉を言葉として伝えるだけの翻訳では『理(り)』であると考えています。

自身の生き方、行動を通して、身をもって示し伝えてこそ、『事(じ)』の翻訳といえるのではないでしょうか。

また、大切なことは、仏法の教えの心を知り、それを正しく伝えることです。

翻訳者が言葉の表層しかとらえられなければ、仏法の法理を誤って伝えてしまうことにもなりかねません。

崇高な教えも、翻訳のいかんで、薬にもなれば、毒にもなってしまいます」



一大事因縁は、仏がこの世に出現した最も重要な因縁、出世の本意のこと。

五味は、牛乳を精製する時に経る五つの味

(乳、酪、生蘇、熟蘇、醍醐)のこと。

これを法門に当てはめ、その優劣を説くのに用いる。

開示悟入は、衆生に仏知見(仏の智慧の異名)を聞かせ、示し、悟らせ、入らしめること。



     =2015年6月30日・聖教新聞より転載=