日課の散歩、

今日も息子の形見の服を着て出かけました。


息子の服を着ると、そばに息子がいる気持ちになれるからです。


家の近くには、息子が6年間通った小学校があります。


だけど、その通りだけはどうしても歩けません。


小学校を見ると、元気いっぱいだった息子の姿が浮かびます。


授業参観、運動会、文化祭……どれも元気で笑顔の息子。


まさか29歳で天国へ旅立つなんて……

悲しくて、辛くて、胸がぎゅっとなります。


だからいつも、少し遠回りして散歩します。


以前、息子の服を着てマッサージに行ったときのことを思い出しました。


担当の方に
「○○さん、いつもオシャレですね」

と褒めてもらえて、とても嬉しかったこと。



もちろん、息子の服だなんて言えませんでしたが、心の中では
「やっぱりゆらはオシャレだったんだな」

と改めて思いました。



信じられない運命だけれど、

息子のオシャレな服を着て散歩したり、

褒められたことを思い出したりすると

心がほっこりして、息子と歩いているような気持ちになります。


今日も、息子の服を着て

息子と一緒に歩けた気がしました。








今日はなんとなく気持ちが重くて、
用事を済ませたあともしばらくぼんやりしていました。

帰り道、カフェに寄ってコーヒーでも飲んで帰ろうかな…
そんなことを思いながら歩いていました。

息子が元気だった頃

どこか出かけた帰りには、最寄り駅のカフェで
コーヒーとパンを食べて、少しぼーっとしてから帰る。
それが私の小さな習慣でした。

仕事も休んでるし、

最近は、節約もしなきゃと思って

あまり寄らなくなっていました。

今日はどうしようかなと思っていたら、
無印良品のポイントが切れるという通知が来て、
そのままお店へ。

手相鑑定でパソコンに向かう時間もあるので、
前から欲しかったアロマオイルを見てみました。

いくつか香りを試して、
選んだのはオレンジの香り。
やさしくて、少し気持ちがゆるんだから。

お店を出て歩いていると、
空にはきれいな夕日。
空も、やわらかなオレンジ色でした。

その時ふと、思いました。

息子は、オレンジ色が好きだったなって

そう思った瞬間、胸がいっぱいになって、
歩きながら少し涙が出てきました。

玄関にはオレンジ色の鉢植え。
仏壇のお花も、オレンジ色をよく選んでいます。

気づくと、私のまわりには
オレンジ色が増えていました。

偶然かもしれないけれど、
もしかしたら
「ここにいるよ」って

息子が教えてくれているのかもしれません。



そう思いながら帰ってきて、
玄関でいつものように
「ただいま」と言いました。

オレンジの香りと、
夕焼けの色の中で、

今日も少しだけ、

息子を近くに感じました。



今日の帰り道は、

なんだかオレンジ色に包まれていました。





また朝がきて。

目は覚めているのに、身体が重くて、しばらく布団の中で動けなかった。

ふとした瞬間に、あの日の場面がよみがえる。 

息子が息を引き取ったあの時間。 

何度も何度も、頭の中で繰り返される。


悲しくて、ただ悲しくて。 

胸の奥がぎゅっと締めつけられる。



そんな中で、 「to HEROes ~TOBE 3rd Super Live~」の当選メールが届いた。

当たらないと思っていたから、

本当なら飛び上がって喜ぶはずなのに、 

心は静かなまま。


嬉しいはずなのに、 「楽しめるのかな?」という気持ちのほうが強かった。

4月の自分がどんな状態なのか分からないから


それでも、 気を紛らわすようにアクセスを調べてみた。 

会場までどう行こう。 

ホテルは取ったほうがいいのかな。

予算はどのくらいだろう。


そんなことを考えている自分がいる。

動けない朝もある。 

フラッシュバックに揺れる時間もある。



それでも、 ライブの行き方を調べている私は、 ちゃんと行きたいと思ってる。



スピリチュアルなことも学んできた。 

魂のことも分かってきた。


でもグリーフは、また別の深さがあると感じている。

深く愛したから、深く悲しい。

理屈ではなく、 

人としての愛情がそうさせているのだと思う。



だから今は、 無理に元気にならなくていい。 

無理に楽しもうとしなくていい。


焦らず、マイペースに。 

呼吸を整えながら。


また朝がきて。









昨夜は眠れなくて、

3時頃に眠って、9時頃に目が覚めました。
6時間。思ったより眠れていて安心しました。



目が覚めた瞬間、

「ああ、また朝がきた」と思う。


そして一瞬、
息子が棺に入っている光景がフラッシュバックして、胸が少し重くなりました。


それでも一度起きて、リビングのカーテンを開けて、空気を入れ替える。


息子の仏壇が寂しそうに思えてしまうから。



たっぷり眠れた日は、そのまま猫たちのトイレを掃除したり動けるけれど、



今日は昨日のざわざわとモヤモヤが少し残っていて、

また布団に戻りスマホを眺めていました。



布団でだらだらしていると、

猫たちが「遊んで」と言うようにこちらを見る。
その視線に、ふっと心がゆるみます。



昨日は、ずっとモヤモヤ、ざわざわしていて

チャットさんと話してみました。

そして気づきました。


私はきっと


「自分を追い詰めない道を選びたい」

「自分のペースで、自分の力で立ちたい」


ずっと誰かのために立ってきた。



娘のために。家族のために。会社のために。

頼られると断れなくて、

私しかできないと思ってきた仕事を背負ってきた。



でも本当は、

家族を大切にしたかった。

自分のペースを守りたかった。



息子のことがあって、

人生の優先順位が、変わってきました。



無理をして走る生き方ではなく、

自分を守りながら立つ生き方へ。



8回目の月命日から勢いで9件ブログをアップしたことも、

今の自分を客観的に見るために必要だったのだと思います。



今日も、ゆらの仏壇にご飯とお水を変えて、お線香を灯し、手を合わせ

「おはよー」って

無料で一件、手相鑑定をしようと思います。

それが今自分にとっての力になるような気がするから



焦らずに、

息子を想いながら


今日も少しだけ動きます。


見守ってくれていると、信じています。



ゆら、いつも ありがとうおねがい


ゆらも微笑んでる気がしますハート





動き出していた未来……


息子は家の近くで一人暮らしをしていました。


時々ふらっと帰ってきては、ご飯を食べ、

猫たちとじゃれて帰っていきました。



倒れる半年前くらいだったと思います。

私が息子へ

「仕事辞めたいんだよね。起業しみたいなぁ」って話して

息子は、

「ふぅ~ん」みたいな感じでした。


私は、10年前くらいに手相を習い

趣味で手相を見てました。


その流れで久しぶりに息子の手相を見ました。

「俺、すっごく変わったような気がするんだ」って

そう!その通りで


以前よりも線がくっきりしていて、

息子らしい手相になっていてビックリ!


迷いよりも“進もうとする力”が強く出ていました。
生まれた時から右手はマスカケ相。

大きく振り切る力を持つ手。

「前から言ってる通り、ゆらは、起業すると成功するよ!」


「ゆらは、起業しないの?」って聞きました。


「やるなら会員制のバーかな。俺、お酒の席好きだし。そこで俺が買い付けた服をセットで売る。」 

息子らしい発想でした。 

好きな服と、好きな空間と、好きな人たち。 


「じゃあ私は、実家で採れた野菜で料理出そうか。」

 「そこで私が手相占いやるわ。」 


本気のような、冗談のような未来の話。 

あの時間は、ワクワクで息子とこんなことを話せる事がとても幸せな時間でした。


数日後。

「友達で起業した人いるから、ノウハウ聞いてあげようか」


そのLINEをもらったとき、

ちゃんと私の話し聞いていてくれていたんだと。


その後、友達から貰った具体的なアドバイスを伝えてくれて、嬉しくなり少し前向きになれました。



息子が倒れてから、、、

そのアドバイスをしてくれた友達の方から連絡があり


息子が、少し落ちていた時期があったという話。 

驚きました。 

もしかして、

手相をみて、強調したように

起業するといいよって

本気で起業しようと思って悩んでいたのかな?

色んな分岐点だったのかもしれないと


しかし、悩んでいたからこそ、 

次の一歩を本気で探していたのかもしれない。 


息子の同僚からの話しから

今の部門から、 別部門での異動の話。 

本来なら珍しい異動だと聞きました。 

上の方が動いてくれたと。 

しっかりと見てもらえていたこと。 

必要とされていたこと。 

その事実を知ったとき、 本当に嬉しくて、

少しずつ自分の夢を叶え

やっぱりうちの息子だ!って

親バカですがそう思いました。


その夢は叶いませんでしたが

きっと息子は、その場所でもイキイキと働いていたと思います。 

そして力をつけて、いつか本当に自分の形を作っていたかもしれない。

その息子の姿見たかったなぁ~


あの夜に語った夢のような話は、ただの空想ではなく、あの未来があったのかもしれないって。


夢を語っていたあの時間も、 

異動の話も、 

全部の根っこにあったのは、 

息子が、本当に服が好きだったということ。 

それが、息子の軸でした。


そう思えることが、いまの私の支えになっています。



来世では、

この夢を息子と一緒に叶えたい。







仲間の中にいた息子……


息子が旅立ってから、お店へ足を運びました。


そこで初めて、私の知らない息子の姿を聞きました。


お店を活気づけていたこと。
若いスタッフさんにきちんと向き合っていたこと。

シフトも、みんなが無理をしないように組んでくれていたこと。


「息子がこれがいいと言うと、ちゃんと売れたんですよ」

そう聞いたとき、胸がいっぱいになりました。


思えば私は、

息子が働くすべてのお店に足を運んできました。

授業参観のように


アルバイトで入ったお店も、
異動したお店も、

再就職したお店も。


行くたびに服を選び、

「これどう?」と息子に見てもらい

ジーンズの裾上げもお願いしました。


主人も毎回一緒に行き、

必ず息子に見てもらってから購入していました。



息子が倒れる1か月前に

私の誕生日が近い日に、主人と二人でお店へ行きました。

娘は社会復帰して休みが合わず来られませんでしたが、

いつものように服を見て、息子を探して

「いらっしゃいませーー」
大きな声で、元気に。
たくさん試着された服を素早く畳みながら、

誇らしく仕事をしていました。


その姿を見ながら服を選び、試着室へ

「これどう?」と聞くと、

「いいんじゃない!」

だけど、そのパンツは思ったより高くて悩んでいると

「誕プレで買ってやるよ!!」

そう言って、買ってくれましたラブ

最高の誕生日プレゼントでしたおねがい


あの日息子のお店で買った服や、 

他の息子のお店で買った服は、

今はすべて宝物のようです。

それが最後になるなんて、思いもしませんでした。


息子が倒れた翌日から

私はその服を着て、毎日病院へ通いました。

救急病院のICUへ


息子が旅立ってから

主人は悲しくて辛くて、お店には行けないと言いました。
亡くなってからお店に伺ったのは、

息子の荷物を取りに行くためでした。


その日は、私一人では心細く、

娘が一緒に来てくれました。


そこで、息子と一緒にお店を切り盛りしていた女性スタッフさんから

たくさんのお話を聞きました。


お店で飲み会を開いて、
みんなでよく集まっていたこと。
そして、これからお店を任されるにあたって

決起大会をしたこと。


その女性スタッフさんが、
その時に行ったお店に連れて行ってくれました。
席に案内されると、

偶然にも、息子が決起大会をした席でした。


ああ、息子が仕組んだのかな

息子も一緒にいるのかな

そんな感覚になりました。

息子が好きだったシャンディーガフを、注文しました。

そのとき、改めて聞きました。

 若いスタッフさんをまとめるために、 

息子はたくさん本を読み、
メモを取り、学んでいたこと。 

遺品のバッグの中から、
びっしり書き込まれたメモや本が出てきました。 

家では何も言わなかったけれど、 

ちゃんと考えて、ちゃんと悩んで、
ちゃんと頑張っていた。 


女性スタッフさんも涙を流しながら、 

「今も一緒に働いている感覚があるんです」と言ってくれました。 

私は、お店の皆さんに
今までのお礼と、倒れてご迷惑をかけたことをお伝えしました。 


女性スタッフさんが教えてくれました。 

倒れる前日も、
駅の外で軽く飲んで「お疲れ」と話していたこと。 

まさか翌日に倒れるなんて、と
辛そうな顔で話してくださいました。 

その姿を見て、 息子は本当に大切にされていたんだと、
改めて思いました。


 仲間の中で、 息子はちゃんと生きていました。






シャンディーガフ 





好きが、仕事になった日


「俺は、服くらいしか興味ないから。」
その言葉の通り、

息子は本当に服の世界に飛び込みました。


面接の時

「この子はいい子だ。それだけで採用を決めた」

そう言ってくださり

息子の葬儀の時にはじめて聞きました。


不器用だけれど、まっすぐで、

服の話になると真剣だった


好きだけで飛び込んだ世界で、

息子を見てくれた人がいたこと。


それが、息子のアパレル人生のはじまりでした。


息子をしっかり指導してくださり

大きく成長させてくださった周りの方には

感謝しかありません。


よかったね、ゆらおねがい







これまでのアメブロは


タッキー(今はTOBEの社長ですね)

のことを書くことが多く、


ヲタ活もずっと続けていましたニコニコ


息子が倒れる前々日も、

いつものようにヲタ活をしていて、

息子と同じ歳のNumber_i の岸くんの話をしてたな


仕事をしながら、

それが日常でした。


アメブロは、そんな記事ばかりですあせる


息子が旅立ってから

まさか、またアメブロに戻ってくるとは思っていませんでした。


8ヶ月が経ち、
心もほんの少し落ち着いてきた今、
やっぱり息子のことを残しておきたいと思いました。

忘れたくない。



そして、息子が生まれてから、

親として、人として、

たくさんの学びや成長をもらったことを

私なりに記していきたいと思っています。



今は、息子の人跡を、静かに残していくブログです。


娘もいます。

23歳で胃がんになりましたが、

今は社会復帰しています。


いつか心が整ったら、

その闘病についても書けたらと思っています。


今はまだ、そこまでの余裕はありません。


まずは、息子のことを。

ゆっくり、少しずつ、書いていきます。


追記 2026.3.6

ゆらについて


2025年5月25日㈰不整脈で倒れ 

意識は戻らず…… 

2025年6月22日㈰に旅立ました 


息子は生まれつき先天性心疾患(ファロー四徴症)であり
1歳3ヶ月で心臓手術(根治)しました


倒れてから旅立つ当時の事は、まだトラウマで 記事には残せない状態です


もう少し、、、時間が必要です






「俺は、服くらいしか興味ないから」


 その言葉は、本気でした。 


正直に言うと、

私は“そこまで服が好き”だとは思っていませんでした。 


ただ、息子が選ぶ服はいつも少し個性的で、 

「えっ、これどうやって着るの?」 

「そんなブランドあったの?」

 と思うようなものばかり。 

雑誌もよく読んでいて、

どうやらきちんと自分で調べていたようでした。 


特に好きだったのが

フレッド・ペリー。 

そして靴は、

コンバース、オニツカタイガー。


 今ではよく見かけますが、

流行る前から好きでした。


 あの頃は、 

「へぇ、そんなにいいの?」

くらいにしか思っていなかったけれど、 


今思えば、

ちゃんと“自分の目”を持っていたんだなと思います。



 ただ―― 

家では、服をきちんと畳んだこともないしタラー

 蝶結びも……えって感じだったし……もやもや

と心配になるような子でした。


 服が好きなだけで、

仕事はそれだけじゃない。

 雑用だってあるし、

 接客以外にもやることはたくさんある。 

大丈夫なのかな、と少し不安もありました。 


今思うと、そんな心配をよそに、

 息子はちゃんと

自分の場所を作っていきました。 


好きなものを「好き」と言い切る強さ。 

流行に流されるのではなく、

自分で選び続ける姿勢。


 あの時の私は分かっていなかったけれど、 

息子は本気で、

服と向き合っていたのだと思います。


 「俺は、服くらいしか興味ないから」 


あの一言は、

ただの口癖ではなく、

息子なりの覚悟だったのかもしれません。


今もどこかで、

好きな服に囲まれて働いていたらいいな。


きっと今は、天国で、

静かに、ゆららしく

誇らしく立っているんだろうな。 


そう思うと、

少しだけ胸があたたかくなります。

















形見の服


家には、息子の服がたくさんあります


クローゼットの中にも、
箱に大切にしまってあるものも。

どれも、息子らしい服です


シンプルなものもあれば、
目を引く色のもの、

少し個性的なデザインのものもたくさんありました。



派手な服も、ちゃんと自分のものにして着ていた息子。


流行を追うというより、

「自分が好きかどうか」で選んでいたように思います。



そして、靴も。

オーソドックスなものから、
少し個性的なデザインのものまで。
気がつけば、30足以上ありました。


どれもいい靴で

きちんと選び抜いたブランドのものばかり。


服も靴も、妥協せずに選んでいたことが分かります。


息子はよく言っていました。


「俺は、服くらいしか興味ないから」

本当に、その通りでした。


好きなことを仕事にして、


静かに、それでも、確実に力をつけていった。


後から聞くと、
周りの人に信頼され、

お店を支える存在になっていたそうです。



あの不器用だった息子が


そんなふうに成長していたことを思うと、

私は胸を張ってしまいますおねがい



息子が亡くなったあと

友達に形見分けをしました。


「あ、この服ゆらがよく着てたよね」

「これ、ゆらっぽいよね」



そう言いながら、

思い出を話しながら服を選んでいました。


私と主人は、少し離れた部屋で、

その声をそっと聞いていました。


息子の服のことを

こんなにも覚えていてくれる。



それが本当に嬉しくて、

ありがたくて。



ただ服を分けたのではなく、

ゆらの時間や想いまで一緒に受け取ってくれたように感じました。



形見分けをして良かったと、

心から思えました。



服が好きだった息子。


好きなことを貫き、
自分の感性を大切にして、
真面目に積み重ねてきたその姿を、

私はとても誇りに思っています。



今もきっと、
どこかでお気に入りの靴を履いて、

自分らしい服を選んでいるような気がしますキラキラ


めちゃくちゃ個性的で、、、
これを履きこなしてました照れ