映画の話。
たとえば「恋する惑星」や「スワロウテイル」など
内容を知る以前に 作品世界全体のビジュアル、雰囲気に
強く興味をそそられることがある。
九龍ジェネリックロマンス
も、その意味に於いて気になっていた。
原作があるみたいだけれど、
前情報は敢えて何も仕入れず鑑賞。
(逆に原作を見知った作品について
映像化されたものは 基本的に観ない派です)
……
…
結果:
泣きました。
…
……
やはり映像美に引き込まれた。
迷路みたく入り組んで、暗く狭く古い九龍。
高温多湿な夏の気配。蝉の声。ときおり吹き抜ける風。
人々が暮らしを紡ぐ環境に、安全も清潔もゆとりも
見出だせなくて ちょっと息苦しくなるリアリティ。
一方、主役おふたりの姿が麗しく
スクリーンに映し出されるだけで清涼感がもたらされる。
いまなら楽に呼吸できる気がして空を見やれば、
天高く浮かぶ不気味な物体が。
九龍の上空にはとても似合わない、
違和感が拭えないもの。なのだが
それもそのはず、な近未来の象徴的存在。
ストーリーは
ときどき話が唐突に展開するような
飛躍する感があり、置いていかれるけれど、
原作を知っていれば印象はちがうのだろう。
自分なりに点と点をつなげてゆく。
主役以外の登場人物の内面にもっと迫ってほしい、
と感じる。みんな魅力的だから。
けれど、それこそ原作を読み把握しておくことが
推奨されるのかもしれない。
「人の心は、わからない」
最愛の人を失った工藤の台詞。
あんなに近くにいたのに。あんなに幸せだったのに。どうして。
お前に何がわかる、と言われた鯨井は
わからないなかでも「確かなこと」を注意深く見分けて
慎重に、言葉にあらわそうとする。
でも。
そもそも、ここは不確かなことばかりなのだ。
なぜこの街が存在するのか。
なぜ自我を持てないはずの存在が
自我を持つに至ったのか。
創造主でさえ、管理主でさえ、強力な記憶の持ち主さえ。誰ひとりとして全貌は「わからない」。
ただただ やりきれない悲しみと、それぞれの苦しみがある。
途方に暮れる世界にあざやかな赤い色が、
差し色みたく現れるのが印象的だった。
それは目覚まし時計 西瓜 おみくじの道具
新しい靴 金魚 外界へ出るゲート イヤリング
などのアイテムであり
この中のいくつかは、ある種の救いだ。
というのも
これらは「確かなもの」の象徴でもあると
思うから。
少なくとも、鯨井にとっては。(自分自身で選んだ「絶対」だから)
物語の途中で
あぁ 最初からずっとそうだったのだ、と
世界の見方を切り替える瞬間が訪れる。
せつない。鯨井の視点ですべてがはじまっていたから
なおのこと、胸をぎゅっとつかまれて苦しくなる。
あなたは知っていたんだね。
こんなに胸が苦しくて、こんなに幸せなのに。
こんなに近くにいるのに、いたいのに。どうして。
人の心はわからない。
そんなふうに感情移入してしまった。
ビジュ堪能目的の鑑賞だったはずなのに。
不意打ちをくらって涙する。
エンドロール後まで、
席を立たずにいて良かった。
まさか、これも幻想?と思ってしまうけれど。
確かなものとしてのサイン、赤色が随所に。
(あくまで個人の解釈です)
もしくは鯨井の記憶に基づいたもの だったりして。
そう勘ぐってしまうけれど、
鯨井の顔には ただの溝ではない、歴史を刻む皺があるし、
外では、まだ鯨井が見たことのない雪が降りはじめる。
だから
きっとハッピーエンド。
余談。勤務先の店長はベストオブ怪演!
ちなみに
劇中で「田園」のカラオケもすごく良いし、
エンディング曲「HAZE」も最高でした。