最近不登校の子が増えてると聞くし
私の周りでも不登校の子もいるし
あまりこういうこと書かなかったんだけど。
私の事嫌いになるひと、いるかもだけど。
なんかほんと当たり前の事いうけれど。
教育は受けた方がいいと思うし
せめて高卒、大卒資格はあった方がいい。
と、私は思っている。
確かに確かに。
今の学校教育はどうなんだと
理不尽だな、ふざけてんなと
感じることは多々ある。多々ある。
というかありまくる。
なんで宿題にまみれるんだ夏休みだろとか
なんでテストで順位決めるんだとか
マラソン早いからなんなんだとか
なんで肩にかかる髪の毛は
括らなきゃダメなんだとか
まじで言いたいことありまくる。
おかしい事が多すぎる。
そこはまじで認める。まじで。
理不尽がすぎる。まじで。
でも、大人になっても、そんなもんだよ。
大人になっても
理不尽なことだらけだ。
大人になったからって
理不尽が無くなるとか、無い。
社会は理不尽だし
政治もよく分からん。
産まれた時から不公平だしね。
そんなもんなんだよ、社会って。
その中で幸福に生きていかなきゃいけない。
いやまぁ別に不幸に生きたっていいけれど。
どうせなら幸福がいいじゃない。
そして何より、教育はとても大事だ。
「知識を頭に入れること」
「文章がきちんと理解できること」
「面倒だと投げ出さない精神」
とっっっっっっても大事だと
私はほんとにほんとに思う。
もちろん、教育を受けたからって
それが身についていない人も沢山いる。
でもじゃあ尚更、教育を受けててよかったよね。
受けてなかったらどうなってた?
そして今の世の中
残念なことにまだまだ学歴社会なのだ。
まだまだ、学歴で人を判断する。
(就職の話ね)
だって分かりやすい物差しだよね。
もちろん高学歴でもダメな人もいるけれど
そんなもの確率論だから
確率が高い方から採用するに決まっている。
教育を受けた方がいい。
学歴はあった方がいい。
こんなの当たり前の話で。
でも不登校の親にかけられる言葉や
不登校の親が発する言葉は
こうじゃないよね。
でも自分の子供が不登校になることだって
もちろんある。
子供の心が病むことだって、もちろんある。
その時には私はやはり何らかの形で
「教育」を受けさせるだろうし
何らかの形で「社会」を体験させる。
そして適切な形で「病み」と向き合って
解消していってもらう。
学歴がないなら
「生きていく力」を
身につけさせないといけない。 
じゃないと
人生がとても苦しいものになってしまう。
こんなこと書くと
お前不登校のこと知らんじゃないかと
中卒のことしらんじゃないかと
お叱りを受けるかもしれないけど
何を隠そうよっくんは中卒なので(笑)
だからこそ、思ったりする。
そして当の本人も、学校は出た方がいい。
勉強はした方がいい、という。
学歴も知識も、あって損はしない。
そしてよっくんが中卒でも幸福なのは
「生きていく力」があったから。
だから、逆を言えばね
「生きていく力」があれば
学歴もそこまでの知識もいらない。
不登校を励ます人等は
これが言いたいのよね、と思う。
でも結局この力も
理不尽と向き合って
自分の心を揺らして付けていく力だから。
それなら若いうちにした方が
抵抗がないし、楽でいいよね。
不登校で悩む人達は沢山いるので
あまり書かないでいたけど
私はいつもこう思っている。
もちろんイジメとかね、そんなのがあったら
私は余裕で学校には行かさないし
心が傷ついているときはひと息ついてもらう。
でもある程度落ち着いたのなら
学校には行ってもらうし
もしどうしても行けないのなら
なんか、、、森とかにほりこむかな(笑)
旅させるかな。
それか仕事に同行させたりさ。
もちろん傍らで勉強もしてもらう。
学校行かない方が楽、という選択にはさせない。
もちろん、子供に向ける気持ちも
子供に向けるアクションも
自分の体力や精神力と向き合いながらだから
その時に全部はしてあげられないかもしれない。
でもさ
学校を忌み嫌いながら
社会の理不尽を嘆きながら
子供の心の弱さを優しく受け入れて
行かないでいいよ、と促す親と
社会はそんなものだよ
だから心を強くしていきなさい。
もしその形が合わないのなら
行かないデメリットを受け入れて
他の方法で社会を体験しなさい。
と、促す親なら
どっちの子供が
人生を楽しく生きていけるのかな。
もちろんこれも確率論だけどね。
私は、高確率な生き方を教えたいです。
なんか長くなっちまったな。