ういろう In 小田原 | 1級フードアナリスト ユピロ菌の迷える子羊達へ

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悩んでいたときに救ってくれた言葉や料理をおすそ分け。仏教に自分で掛けた首輪は自分でしか外せないという言葉がある。悩みを解決してくれるのは宗教でも他人でもない。自分自身でしか解決できない。


昨日も書きましたが

僕の中で


小田原提灯とは?

と言われてイメージするところを中心に

今回はフラフラ仲間と歩く

散策しているのですが

小田原城城を除けば

僕の中では3つのキーワードがある訳です

どれも食に関するキーワード

一つ目は蒲鉾かまぼこ

二つ目はあんぱん
あんぱん





そして三つ目が今日紹介する

「ういろう」なんです。

でも「ういろう」は

僕の頭の中では数年前まで

名古屋
シャコモン名物だと思っていました。

事実、「ういろう」の売り上げい1位は

名古屋なんですけどネ
すげー

でもこの小田原は「ういろう」の歴史を

語る上では欠かすことができない場所

なのです
うんうん






もっもと

実は僕は「ういろう」が苦手でして・・・

「ういろう」食べるなら「虎屋
虎の羊羹甘味

と思っている人なんです。

あれ、そもそも

「ういろう」と「羊羹
甘味」の違いってなんだろう?

小田原
提灯に来て

こんなことを考えております。

インターネットで調べてみると

「ういろう」とは

米粉などの穀物の粉に砂糖
砂糖

湯水を混ぜて蒸したお菓子

一方、

「羊羹」は「あつもの」と言われ

小豆
あずきを主体とした餡を型に流し込み

寒天で固めたお菓子とあります。

全然違う食べ物じゃん
お~

でも「ういろう」そのものが

何なんだろうと調べてみると
そうか…。







およそ600年前の中国が元と言った時代

礼部員外郎(れいほうえんういろう)という

薬を調達する官職があって、

その官職にあった陳宗敬という人が

日本
日本に帰化して

咳や淡に効く薬
風邪ひきちゅんを伝えたらしい。

その後、その人の息子である

宗奇って人が

室町幕府三代将軍の

足利義満
侍に招かれて

この家伝の薬を作り

「透頂香」あるいは「ういろう」と

呼んだとのことだ

「ういろう」って薬なんだ


いやいや、更にあるぞ

客を接客するために

お菓子の製法も伝え、

それが黒色・四角で

「透頂香」と似ていたところから

お菓子の方も「ういろう」と

呼ばれるようになったとか・・・
ラブ






外郎薬を製造する小田原外郎家は、

外郎家(京都外郎家)の分家として

1504年(永正元年)に成立したとのことで

家祖は宇野定治(定春)で、

本家4代目の祖田の子供とされる。

以後、本家とともに外郎薬を

代々行ってきたが、



江戸時代元禄年間に

本家が衰亡後は

小田原外郎家が独占的に

外郎薬を製造するようになり

現在に至っているとの事です
なるほど




外郎薬、効能が色んな症状に効くという

万能薬的なところ

昔ながらの薬っぽくて

面白いなぁと思いながら

買ってしまいました
ラブ




日本製薬界の初祖

つまり日本最古の歴史をもつ

薬だと説明書きがありました。

でも、キミ病
あひる心理には効かないよネイカ土下座