今日は月に一回の読書会だった
読書会といっても、みんなで小説よんで
コレここがよかったよねー( ´艸`)♪♪♪とかいうノリじゃない

なんたって、ベネディクトアンダーソン「想像の共同体」

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期4)/ベネディクト・アンダーソン

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相変わらず、うーん。うーん。とうなりながら
質問事項をまとめていく
論点は3つだった
余裕があったら、1000字くらいでそれぞれまとめていっちゃおうかなー♪
......なんて、考えが甘かった( ̄□ ̄;)!!

今日は疑問が解消した事で
さらに前の章までに書いてあった事も理解に近づいたと思う
道のりは長いが、ぼんやり蜃気楼のように見えてきた気がする




日本語の中に内在する「国語」と「現地語」の存在
わたしは「国語」が出来ない
だから
ベネディクトアンダーソンがつらい
マルクスがつらい
フッサールがつらい
カントがつらい
花崎皋平がつらい
見田宗介がつらい
大澤真幸がつらい

思わず背中を向けたくなる(ノω・、)

「現地語」への翻訳機がないとなかなか思うように理解ができない



アニメ『ONE PEACE』(現地語)には、ある普遍知は確かに存在するが
それで政治学を語るのは、高次の学問を語るのはやはり無理なのだそう

そうなると「国語」を理解していないと
そこにある(現地語にある普遍知とは別種の)普遍知が共有できず
結局「国語」の出来る支配者にあれやらこれやら押し付けられる側となる


法や制度は「国語」を用いて作られる
しかし、現代につぎつぎと生まれてくる新しいコミュニティーは
「現地語」しか持っていない
そうなると、「現地語」だけのコミュニティーと「国語」で動く政府の間が
ますます乖離する

各コミュニティーに「二重言語(両方理解できる)」を習得している通訳者が存在しなくて
他に「国語」を理解する手段がなければ
この現実は避けられなくなる

そうなれば、「現地語」ユーザーの権利は確実に侵害され
社会のバランスはますます崩れていくのだろう

ひとつ、考えるべきもの =「通訳者」「日本の二重言語」


通訳者の重要性は言うまでもない
でも通訳者の生産は、近代日本文学を読まなくなった
大河ドラマを家族で見る事がなくなった現代には
相当困難な事であるのも明白な事実

という訳で.....


ベネディクトアンダーソンがつらくとも
マルクスがつらくとも
フッサールがつらくとも
カントがつらくとも
花崎皋平がつらくとも
見田宗介がつらとも
大澤真幸がつらくとも


この現状に危機を感じるのであれば
わたし自身乗り越えなければならないわけである

ふむぅ。


こんな話しをした読書会の帰りに
先生とジュンクに行く

大澤真幸の出している雑誌「THINKING」7&8月号を探しに

どうやら哲学コーナーにあるらしく、そこへ向かう


ついに、哲学なんてコーナーに足を踏み入れるようになったのかー(ノ゚ο゚)ノと
なんだか新鮮な気分
3年前には全くもって考えられなかった
JJとCamCanしか用がなかったからなーw

「おじゃましまーす。」とか冗談いいつつ、お目当てを探す
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宮台さんは、先週HIKESHIゲストにきてくださったので
ますます身近な気が勝手にしてますw


バックナンバーの7号は、私現在抱えてるテーマです
『「人生という物語」の呪縛からのがれて』

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最新号の方は、巻末に用語解説までついていて親切です



英語課題を終わらせたら、早速読み始めるとする(・ω・)/