ブログネタ:子供の頃なりたかった職業は? 参加中子どもの頃とは言えないけれど、高校生だった10年前に、担任の先生から言われた言葉が、今でもときどき私の中で響く。
「お前から演劇を取ったら、何が残るんだ?」
何も残らなかった。
演劇を失った私は、からっぽの人間になった。
ついこの間まで、私は小学校の教師をしていた。
子どもたちは可愛く、日々は充実し、私は何者かになれたような気がしていた。
それが、今はどうだろう。
またしても私は、どこに向かうべきなのか見失ってしまっている。
そもそも、教師になりたいなんて気持ち、教師になりたくないって気持ちと同じくらいなかった。
与えられた道を進んでいくだけ。
それ以上でも以下でもなかった。
それでも、現場に立つとすごく大変だけど楽しくて、私は、教師としてやっていけると思った。
でも、やっぱりダメだった。
どんなに上手に周りの目を欺いても、自分だけはしっかりと私を見ていて、小さな声で囁き続けるのだ。
「あんたみたいな人間が教師だなんて、正気なの?」
「本当は、嘘つきのろくでなしのくせに、教師になろうなんて傲ってるよ」
「そんなの許されるわけないでしょ」
誰も私を責めなかった。
私だけが私を責めた。
そして、私は病気で学校を辞めた。
日々は、驚くほど淡々とこぼれ落ちていく。
そんな中で、私は考える。
私は、演劇を失うべきではなかったのだ。
私がこの世で唯一、独りで立っていられるのは、舞台の上だけだったのに。
この世のすべては無常だと思うけど、私にとって芝居は、自分の存在を認めてあげられる、唯一永遠に変わらないものだった。
私は、なんとしても演劇を手放すべきではなかったのだ。
何があっても、どんなに辛くても苦しくても、孤独に押し潰されそうになっても、私は舞台の上でなら、真っ直ぐに立っていられたのに。
私のこれからの人生は、どこかで間違って、何もかも偽物になった私に付いてきたおまけのようにしか考えられない。
何のために、何を想って、何を目標に生きていっていいかわからない。
飽和点は、とっくに過ぎていた。
教師になる。何か違う。
今から、演劇の道に戻る。
間違っている。
じゃあ、何がしたいの?
わからない。
全くわからない。
私はただ、消えてしまいたいのかもしれない。
追うべき夢なんてない。
苦しい。泡になりたい。消えてしまいたい。
独りになると、浮かんでくる言葉は、そんなどうしようもないものばかりで、自分でも愛想が尽きる。
くだらない人間だ。
私は底抜けに弱く、どうしようもない。
救いようがない。
私は私が大嫌いだ。
甘ったれで怠け者で愚かだ。
こんなことを書き散らす私は、吐き気がするほど醜悪で、何の価値もない。
私は、私から目を逸らしてしまいたい。
自分にも他人にも嘘ばかりついてごまかして、こんなことを続けることに意味があるのか。
私は、人間として成立しているのか。
体も心も健全な人間になりたかった。
でも、今の私には、その願いはあまりにも無謀なものに思えて、少し笑えた。