馴れ初め | パパはアフリカン・マリ共和国人 虎家の日記

パパはアフリカン・マリ共和国人 虎家の日記

2010年に上海で出会い、2013年3月に東京で国際結婚、7月長男AD、2015年9月長女LEO、2017年10月次女MAI誕生。
アフリカ・マリの文化や国際結婚ならではのエピソード、
お茶目なパパ・ISの事、三児の子育て、YunのアレコレBlog。
2020年11月に東京→愛知県へ引越。

馴れ初めについて。



ISと出会ったのは2010年4月。

アフリカ雑貨の販売の手伝いをしていた時に、近くのブースで働いていたことで仲良くなった。



その後、3回?友人も含めたりで食事に行ったりしていたけど、1年くらい疎遠に。

2011年の年末に「正月休みは中国へ行くよ~元気?」というようなメールが来て、その後一ヶ月に一回ペースで「ご飯に行こう」という、お誘いをもらったのだが、私は正直乗り気ではなくて(ドクロ)、忙しい、とか言って、断り続けた。



2012年の4月に、「GWに一緒に香港に行こう!!」という、妙にハイテンションなメールが来て、とても可笑しかったので、香港には行かなかったけれども、5月の中旬頃、一年ぶりに二人で食事をすることになった。その辺から急激に仲良くなって、頻繁な携帯メールのやりとりが始まった。



そして6月のある日、ISに「僕の彼女になって」と言われたのだった。

でもその時、私は返事に困ったというか、正直な心境としては、自分の彼氏~将来の旦那が外国人、というイメージが沸かなくて、聞こえないフリをした。


私自身、若かりし頃、外国人の彼氏は過去に何人かいた。

オランダ人、日本人がクォーターのブラジル人、ジャマイカ系アフリカンのアメリカ人。

(決して外人好き、という訳ではないです。留学してたりしたので)

しかしながら、当時は年齢的にも結婚の現実がなかった。


でも、今回のISとは32歳の自分との付き合いだし、ISは39歳。

お互い真剣でないと、まずい年齢だから、とても悩んで返答が出来なかった。


でも、しっかり話をして、付き合うことに決めた。


①日本語が完璧。親戚とも友人ともちゃんとコミュニケーションが出来る。

②日本で生活すること。私自身、海外は嫌いではないが、今の仕事を辞めたくない。やっぱりマリに帰りたい、と言われても、私はついて行けない。ISは日本で天寿を全うしても良いと言うし。

③子供が好き。IS自身11人兄弟で育っている。5人は欲しいという叫び

ちゃんと稼いでくれればいいんですけど~。

④家事への協力体制。掃除、洗濯、料理、もし出来ないなら、出来なくてもいい。ISが自分で出来る。ただ、散かしっ放しとかではなく、綺麗に保つ努力はして欲しい、と言われた。ISはとっても綺麗好きなのです。


ざっくりそんな感じで、半ばお互い結婚をすることを前提に、お付き合いが始まったわけなのです。