人刀です。
疲れてないはずの朝から「お疲れ様」と言い合うことに疑義を発した同僚が始めた挨拶方法です。
病は気から。プラシーボだっていいじゃない。
さて近頃、イヤー!というほどあることを考えさせられています。
読むのと書くのとは大違い!という当たり前のことです。
こういえばアーユルヴェーダ。
…なんでもないです。
言いたかっただけです。
あること、とは、バランス、です。
日々、少しずつ書いては消し、書いては直しを繰り返しています。
たったこれだけ、と思っていた100枚の原稿さえも、遥か彼方に思えます。
ある人物の見かけの描写、心の描写、そう思うに至った彼のこれまでの生き方の描写、もう一人の見かけの描写、心の描写、その発言をするに至ったもう一人の背景の描写、その場の雰囲気の描写、風景の描写、季節の描写、世界観の描写、時間の推移の描写…
お話の流れの中で、どれだけ描写を盛り込むか。
わかり易くしようと思い、逆にわかりにくくなってしまう罠。
台詞とそれ以外、描写とそれ以外、比喩と直接的な表現、全体の中でのそれぞれの場面のボリューム、どれもこれもバランスを崩した途端、人の心を揺り動かすはずだった物語が、ただの文字列になってしまいます。
絵やまんがとは大違いです。
まんがであれば、見開きの1頁に、実にあらゆる情報を盛り込むことができ、読み手はそれを、労なくして瞬時に比較的作者の狙いと極端の齟齬を生じさせずに受け取ることが可能です。
それに比べ、活字の媒体は、基本的に単一な方向で少しずつ情報を提供していく形態です。
例えば、周囲の状況と本人の気持、そしてとりまく登場人物達それぞれの思いを作者の狙い通りに一度に理解してもらう、ということは極端に難しいです。
だから、バランスがとっても大事です。
脇役の一人についてくどいほど説明があったのに、もう一人についてはさらっとしか触れられていなければ、後の人物はきっと重要な役どころではないのだろうな、とすぐにわかってしまいます。
ある事件について詳細な描写をして、しかしそれ以降にその事件についてまったく触れられていないとか、なんの伏線にもなっていなくて、あるいはもっと大事な事件が後から起こるのにその描写が前者より薄いとかでは、テーマや作品世界がぼんやりしてしまいます。
わかってますよ、そんなこと考えずにとにかく書いて、後からバランスを考えつつ削っていけばいいんだ、とか。でも、それにしても、バランスって大事だなあと思ったのです。だから、記事にしてみました。
で、タイトルの意味なのですが、ずっと読みたかった本をやっと最近読めたので、その嬉しさを表現してみました。
うなぎ鬼 (角川ホラー文庫)/高田 侑

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庵堂三兄弟の聖職/著者不明

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トギオ/太朗想史郎

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地図男 (ダ・ヴィンチブックス)/真藤 順丈

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感想は、別途、お隣のブクログにアップしていくつもりです。
めんどくさくって大変恐縮なのですが、
ぽちぽちぽちってしてくれたら嬉しくって頑張れます!ヽ(゜▽、゜)ノ
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