こんにちは(^_^)
随分と時間が経ってしまい、ご心配を
お掛けしました。
前回の続きになりますが90歳の母の事に
ついてのお話をさせてくださいね。
6月のある日、突然始まった母の背中の
痛みはその後腹部に移り、体を動かすと
痛がって、治る気配がありませんでした。
主治医には原因不明と言われました。
8月6日、遂に歩けなくなって寝たきり
となり、介護生活が始まりました。
体位変換が痛みの為にできず仰向けの
ままでしたので、やはり床擦れができて
しまいました。
食事量はさらに減っていきました。
主治医の先生が来てくださり、採血検査
を受けた結果、栄養状態が悪いために
在宅だと床擦れは治らない…
と言われました。
入院を勧められ8月18日救急車で運ばれて
入院となりました。
入院時の検査で初めてわかったのが
末期の肺癌でした…
既に骨転移していました。
入院後、要介護5の認定を受けました
が、介護保険は使うことなく療養型の
病院へ9月6日転院して最後までお世話に
なりました。
母は日頃から“自然”を望んでいました
ので、告知はせずに、積極的な治療は
しないで一日500mlのブドウ糖の
点滴だけ受け続けました。
病院は車で15分位の所でしたのでほぼ
毎日会いに行くことができて良かったと
思いました。
母は私に対して初めのうちは、来るのが遅い
とか私に食べさせて欲しいとか甘えていて
(それも可愛いのですが・・)
口は達者でしたが、身体は日毎に衰えて
声も小さくなっていきました。
私は母の顔を見ながら傍にいるだけでしたが
3か月以上の入院中に母は素晴らしい“備え”
をしていただきました。
それは、信徒になっていた教会の聖職者
である先生ご夫妻が、3日も空けずに母を
見舞い聖書を読み、お祈りをするために
通い続けてくださったからでした。
神様はその祈りに応えてくださり、母は
変えられていき甘えを言わなくなりましたし、
痛みも苦しみも無いと言い、癌の末期とは
とても思えませんでした。
意思の疎通が取れなくなって5日目、
天に帰ったのは12月1日の夜でしたが
その日の朝まで点滴も入り、酸素マスクは
前日まで付けていませんでした。
平安な最期で良かったと安堵しましたが
驚いたのは、亡くなった後の母の顔がより
美しくなっていたのです。
皺もシミも消え若返ったようでした。
告別式では母が好きだった讃美歌を
皆に歌って貰い、火葬場でも祈りと
讃美歌で見送られた母を見て私は
本当に良かったねと声を掛けました。

教会通いは18年前、私から始まって母、
そして父も信徒になり信仰を続けていたこと
で私の心まで神様が平安にしてくださって
いたことがよくわかりました。
両親共に天に帰り寂しくはなりましたが、
私は二人の子として生まれたことが感謝な
ことであったとこの歳になって実感しました。
たとえどんなに苦しいことがあっても、
心を慰め満たしてくださるのはやはり
神様なのですね。
新しい年がまた来ます。
やり残したこと、チャレンジしたいこと
一つずつ実行したいと思っています。
またお話ししますね。
続けて読んでくださってありがとう
ございました。
この1年を振り返り、また前に進んで
行きましょう!
ではまた、ごきげんよう (^_^)v