10月、息子が久しぶりに泣きながら帰宅しました。

また、虐められたの?

尋ねる私に無言でプリントを突き出しました。

同じ小学校出身で、支援級もずっと同じだったお友達の死をお知らせするプリントでした。

私は彼が病気である事は知っていました。

入院が長くなっている彼のお見舞いに行きたいと夏休み、お母様に連絡をしました。

「もう、今日明日逝ってもおかしくない状態で、今は家に居るのよ」との事でした。

息子や他の方には内緒というお話だったので、彼がどのような状態か

息子には知る由もなかったのですが、突然の悲報にパニックになる事もなく

ただただ、うなだれ咽び泣き、時折、彼の名前を呼ぶ姿が苦しく胸を打ちました。

息子は翌日のお葬式に支援学級の友人として参列する事になっていましたが

どうしても今夜、彼に会いたいのだと言います。

聞けば、中学の帰りに小学校の支援級でお世話になった先生の元に立ち寄り

彼の死を報告し、彼と一緒に過ごした支援級のイベントなどの写真を

プリントアウトして欲しいとお願いしに行ったのだと言います。

笑顔の息子とお友達の写真をいくつかプリントして貰ったので、彼が俺の事を忘れて天国へ行かぬよう

どうしても今日中にそれと手紙を渡したいのだと言います。

実はその頃、私は手術をし退院して間も無くの時で傷口に痛みを抱えていました。

お通夜へは行けそうもなく、主人に帰宅してもらいお願いしました。

○君のお父さんもお母さんも大変だから今日は写真を渡すだけ。
ご挨拶をして、写真を渡したらすぐ帰ります。

何度も言い聞かせ、息子は喪服に着替えた主人と出かけて行きました。

弔問に訪れた方に頭をおさげになっていたご両親は息子を見た瞬間
今まで気丈に振舞っていらっしゃったのに号泣されたそうです。

また、それを見た息子と主人は車中、二人で男泣きをしたようでした。

翌日、支援級とクラスの代表と先生方と一緒に葬儀に参列した事を、どこで覚えたのか

「○君は綺麗な顔をして寝ていたよ」

と、涙ながらに私に報告してくれました。

大事な友人の死を息子がどう受け止めたのか私には分かりません。

でも、咄嗟に息子が取った行動…

小学校へ行ったこと、また文字を書くことを苦痛を感じるのに自主的に手紙を書いていた事

これらの行動力や冷静な判断に私は息子の成長を感じ取りました。

また、これを気づかせてくれた○君や発達障害での育児相談が出来る唯一の友達でいてくださったお母様には

伝えきれない感謝の気持ちでいっぱいです。

○君は息子の事を大好きで居てくれました。
今もきっと天国から息子の成長を見守ってくれていることでしょう。

彼が旅立ってもうすぐ二ヶ月、1年の終わりを告げるジングルベルが今年も街の中に鳴り響いています。