ニシエヒガシエ

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競馬日記☆

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だらだら書きたいことを書きたいように書いていたけど、

こうしてるとむしろ競馬の話を書きたくなってきますね…()

 

もうちょっとその気になるまでお待ちください()

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

紆余曲折を経て、治療に対して前向きな気持ちを持てた3月上旬。

いつものように週1のレントゲンの後の診察で、

院長先生からついに「固定を小さくしましょうか」との言葉が!

 

手首まで固定していたのが、手のひらくらいにはなるかなー?

と思いながらその日の理学療法を終えて、

Oさんに呼ばれると、用意しているプレートが思った以上に小さい…。

 

「もう小指だけの固定でいいそうです。しかも自己巻き」とOさん。

自己巻きというのは、文字通り自分でテーピングを巻くこと。

ここからは整形外科での理学療法に加えて、

自分でお風呂の湯船の中でも指を動かす練習をすることになったのだ。

 

Oさんは話しながらわたしの小指に合わせて小さいプレートを切っていたのだけど、

出来上がったらあまりの小ささに自分で爆笑していた←

その後のリハビリでも、

「これだけ部屋に置いてあるのを、親が見たら間違えて捨てるレベル」

「缶のプルトップみたいですよねー」と言いたい放題だった()

 

テーピングの巻き方を教わって、

最初は自分で切るのも大変だから、と予め切ってあるテーピングをもらった。

その日の夜から、お風呂に入る前に自分でテーピングを外し、

湯船で指を曲げる練習をして、上がったら自分で固定するようになった。

 

大分回復に近づいてきている…?と思ったけれど、

次の日Sさんが担当する理学療法で、

握力を測ったら左が26kgだったのに、右は何と9kg!

思わず笑いながらも「悲しい…」とつぶやいてしまった。

 

骨折を知ったときは骨が繋がったら終わりだと思っていたけど、

つい一昨日Oさんに言われて驚いたことがある。

「握力を完全に元に戻すには、固定してた時間の倍かかるって言いますからね~」

 

今週のレントゲン検査でも、もう1週固定して様子を見ましょう、ということになった。

来週固定が完全に外れたら、骨折してから約2ヶ月。

リハビリはもう2ヶ月続くことになる。

 

Oさん曰く「元々の骨折がかなり『飛んでいた』ので、周りの組織も損傷が大きかったんだと思います。治りが遅いのは仕方ないところもあるので、少しずつ焦らずにやりましょう」

Mさん曰く「それでも、ゆなさんは固定が取れるペースは順調だと思いますよ」

 

手首や薬指は、固定を取った直後は関節を動かすたびに痛みがあったけど、

今はそれなりに動くようになった。

小指はまだ1本の棒のようで、思うようには動かないけれど、

リハビリを続けていけばちゃんと動くようになるはず。

自分のペースで頑張っていこうと思う。

 

次で一区切りかな~?

何年か前に、とある障害ジョッキーが落馬してしまい、

手の小指を骨折したと発表されました。

確か復帰まで3~4ヶ月かかって、

「鎖骨なら1ヶ月しないで戻ってくるのに、指は随分かかるんだなぁ」

と思った記憶があります。

 

…今自分で骨折して、本当によく分かります。

…これは相当かかるわ…orz

手綱を持つ繊細な感覚が要求される騎手ならなおさらです。

 

そんな現在進行形の話の続き。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

S整形外科のリハビリ担当の先生方の優しさに依存しすぎてしまい、

骨折が治っていくことが極端に不安になってしまったわたし。

 

自分の首を絞めたのが自分ならば、

それを救えるのもやはり自分だけ。

 

浮上のきっかけは、手の固定の仕方が変わったことだった。

本格的にリハビリを始めるという判断をされたときのレントゲンは、

それまで手首までがっちり固定していたプレートを全部外して撮っていた。

 

指を動かすリハビリをして、再度プレートを当てて固定するときに、

それまで手のひら側に当てていたのを、Oさんが手の甲側に変えてくれたのだ。

(関節の位置に合わせたかなり複雑な曲げ方をしていて、

後にMさんがそれを見て『大変な作業だったと思いますよ』と言っていた)

 

それまでプレートが邪魔で右手で筆記用具が持てなかったのが、

これで何とか持てるようになり、仕事のペースも少しだけ上げることが出来た。

出来ることが増えると、もっと出来るようになりたいと思うのが人間の欲というもの。

早く手を治したいという気持ちが少しは芽生えてきた。

 

気持ちが変わってきた直後に、

さらに後押しをしたのがOさんの一言だった。

 

骨折から約1ヶ月は三角巾で右手を吊っていたので、

その間はずっとたまたま持っていたポンチョをコート代わりにしていた。

まだまだ寒かったので、ダウンジャケットの上から吊る…という手もあったかもしれないが、

さすがにそれで競馬場に行くのは気が引けたので←

右手を完全に隠せるポンチョはかなり役に立っていた。

 

リハビリが本格的に始まって、三角巾はもう必要無さそうとのことだったので、

普通のアウターを着て行ったとある土曜日。

リハビリを終えて身支度をしていると、

「今日は暖かいからポンチョは着てないんですか?」とOさんに聞かれた。

それに「いえ、もう右手を吊ってないから、普通のにしたんです」と答えたら、

「あ、そうか。あれね、ちょうどいいの持ってるなと思ってたんですよ」

と返してくれた。

(実際、MさんとUさんにも『これいいですね』と言われていた)

 

「もうしばらくは着ないです。あ、また怪我したらそのときは着てきますから(笑)」

と冗談半分で答えたら、

「来るもんじゃないですよー、病院なんて」

とOさんはポツリとつぶやいた。

 

Oさんにしたら特に意味の無い言葉だったのかもしれないけど、

おかしな方向に向かいかけていたわたしの心を刺すには十分だった。

 

怪我を治すための仕事をしているのに、

冗談でも患者にまた来るなんて言ってほしくないだろう。

「ここに来る必要が無くなったら、寂しくなるかもしれません(笑)」

って言ってしまったことがあったけど、

それも言われた方はきっと複雑になったかもしれない。

 

お世話になってるこの方たちに少しでも報いたいと思うなら、

きちんとリハビリをこなして、

治ったら元の生活に戻っていくことが最善なんだと気が付いた。

 

余計なことは考えずに、手を治すことを最優先に考えないといけない。

回り道をしたけど、そう思った出来事だった。

 

続く。

こんな話にいいねをつけてくださる方がいる…。

ありがとうございますありがとうございますm(_ _ )m

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

右手小指の治療のために通っているS整形外科。

もともとは数年前に腰を痛めたときに、前の職場と家の中間にあって、

どちらからも通いやすいというだけで選んだのが最初だった。

 

腰が痛くなっては受診し、リハビリをして痛みが軽くなれば足が遠のき…

というのを繰り返し、今年の1月中旬にもどうにも腰が痛くなったので、

小指を骨折した時も実は腰のリハビリの最中だった。

 

腰の方でお世話になっているのは、理学療法士のSさん。

腰で通っているはずのわたしが、右手をぐるぐる巻きにされているのを見たときは、

笑いながらも心配してくれた。

気さくに話ができる、今時の若いお兄さんという感じの人だ。

 

2月の後半、Sさんに腰のリハビリをしてもらい、

それから包帯の巻き直しというタイミングで、

ふとSさんが発した一言が、わたしの心に引っかかった。

 

「手がもっと良くなったら、腰と一緒に手のリハビリもしますから」

 

(あれ?柔道整復師さんに最後まで見てもらえるわけじゃないのか?)

 

ここでわたしがその後にざっと調べた、柔道整復師と理学療法士の違いを。

柔道整復師…骨折や脱臼などの負傷に対し、皮膚の切開等を伴わない非観血的治療を行う。独自の開業権がある。(接骨院を開業しているのは柔道整復師)急性期の治療が多い。

理学療法士…手技によって筋肉や関節の痛みの軽減や機能の回復を図る。開業権を持たず、病院で勤務する。慢性期の治療が多い。

(間違いがあるかも)

 

こうして見れば、自分がこの時受けていた手や右肩周辺のマッサージは、

テーピングや三角巾で固定していることに付随する不具合の解消であって、

右手の機能の回復をするための訓練ではなかったことはよく分かる。

ただ、当時Oさんを始めとした柔道整復師さんたちとの関わりが楽しくて仕方が無かった

自分にとっては、ちょっと残念に感じてしまう事実だった。

 

そして3月の初め。

初診を入れて5回目のレントゲン検査を受けた結果、

院長先生の判断は「これから指を動かすリハビリを始めましょう」

 

自分にとっては、ついにそのときが来たのか、と思う瞬間だった。

 

いつものSさんがいない日だったので、

手の初回のリハビリを担当してくれたのはHさんという方だった。

(何を隠そう、わたしの推し元騎手の名字と同じ読みだった←)

 

ずっと固定されていた手首と薬指・小指の状態を、動かしながら確認していく。

約1ヶ月固定されていた関節は、動かすたびに激痛が走る。

話には聞いていたけど、「もう治らなくてもいいです…」と言いたくなる痛さだった()

 

「固定はまだ続くんですが、これからも出来るだけリハビリに来て、

少しでも指を動かすようにしてください」

最後にそう言われて、これまでのように固定はOさんに引き継がれた。

 

「今日固定の範囲をもっと小さくできるかと思ったんですけど、そのままでしたねあせる

でも、院長先生がリハビリを始めてって言ったってことは、

もう骨がずれる心配は無いってことですから、まぁ順調ですね」

固定はまだ小さくなってほしくないんだけどなぁ…w

うっかりそんな気持ちが浮かんでしまった。

 

乗り越えた今となっては、自分で自分がおかしくて仕方ないのだけど、

この時は本当に通院の必要が無くなることが想像できなかった。

理学療法士さんも柔道整復師さんも、わたしが患者だから優しく接してくれるし、

いろいろ話もできる。

そう分かっていながらも、治っていくことが寂しくて仕方が無かった。

 

治療は一歩進んだけれど、それが逆に不安になって、

その日は泣きそうになりながら家まで歩いて帰った。

(今思うとかなり変な奴…)

 

続く。