テレビ見てたらやっぱ書かなきゃなと思って。
忘れないうちに書いておきたいので。
3月11日は俺の中学校で卒業式があった。
先輩を送り出して、部活のある人は部活に行って、何もない人は帰って。
演劇部はなかったので俺は家に帰ってゴロゴロしてた。
家には高校卒業したばっかで暇な兄貴と、幼稚園生の弟がいた。
俺は二階の自分のベッドで――本を読んでたのか何もしてなかったのか忘れたけど――とにかく寝転がっていた。
弟と兄貴は一階にいた。
地震が起こってすぐは大したことないと思った。
でもやけに長くてだんだん揺れも大きくなってくるようで怖くなった。
蒲団を頭からかぶって少しだけめくってそこから、
大声あげて兄貴に「無事!?」と叫んだ。
「○○(弟の名前)は!?」とも。
兄貴いわく弟はすぐテーブルの下に隠れたらしい。幼稚園で教わったことをしっかり覚えてたみたいだ。
小さい子供ほどこういうところはしっかりしてる。
地震がおさまって、一階に行きすぐテレビをつけた。
東北の地震だ言うことはそこで初めて知った。
すごく不安になった。
俺の母親は東北出身で、親戚もいっぱいいる。
小さいころから夏休みとか冬休みに遊びに行っていた。
おじいちゃんやおばあちゃんはもう東京に越したからそこに顔見知りはいない。
でも小さいころ遊んだ場所とか行ったところとかがつぶれてしまうんじゃないかって思ったらかなしくなった。(幸い、そのあたりは内陸で甚大な被害ではなかったらしい。無事ではなかったけど)
それから、出かけてた父親から電話がかかってきた。
確か、金沢だったっけ?そこに仕事で行っていたんだとおもう。
今家にいる人と、その無事を伝えてから父親はしばらく帰ってこれないことを聞いた。
父親の所属は災害対策室なのでその仕事で東北に行くという話だった。
しばらくしてようやく妹・弟・母親が帰ってきた。
3人とも小学校にいたらしい。
母親はPTAの仕事、妹は体育の授業で体育館にいたらしい。弟は教室にいたって。
要するに、家族全員けがもせず、精神的に傷つくこともなく、まさに「無事」だった
思えば俺はこの震災で傷ついたり不便だったりしたことが他の人より極端に少ない。
計画停電すら、俺の住んでる地域ではなかった。
じゃあ、俺にとっての震災ってなんだったんだろう。
正直言ってまだ答え出てない。
でもわかったことならあった。
たとえば、ペットボトルや瓶の簡易的な募金箱に詰まったたくさんの小銭とか。
逆に、ガソリンスタンドに並ぶ車の長蛇の列とか。
ネット上にもいろんな言葉があふれてた。
頑張ってというコメとか、少し不謹慎な言葉とかそれを批判する言葉とか。
人って個人だといい人が多いのに集団になると悪になるってそう思った。
まだ震災って終わってない。
早く終わらせるのは難しいと思う。
でもその手伝いがきっとおれにだってできるはずだ。
1秒でも。一秒って一億集まったら3年以上になるんだよね。