もう何十年も前なんだけど、今もイヤだったなあって、時々思い出してしまう。


中学生の頃は、母と2人で2Kのアパートに住んでいたの。

よくある古いつくりのアパートで、4畳半と6畳の部屋がふすまでしきられてて、狭いキッチンがあるアパート。


4畳半の部屋が私の部屋で、6畳の部屋は母のベッドとこたつが1年中あって、そのおこたが食卓だった。

母はその頃、スナックのような飲食店で働いていて、夕方仕事に行って、夜11時~12時くらいに帰って来ていたと思う。


7月の期末試験の時だったと思うんだけど、私は翌日の試験勉強をがんばってしていたの。

自分で言うのもなんだけど、真面目な性格で、テストはいつもがんばるタイプの学生だった。その日も、机で教科書と参考書を広げて勉強していると、いつもより早い夜10時くらいに母が帰宅してきたの。


イヤな予感。


少しホロ酔いで気分よさそうに、

「焼き肉連れていってあげるーっ!」

と、勉強している私に、楽しそうに声をかけてきた。


ヤッパリな。


この頃、早めに帰ってくると、母はよく焼き肉屋さんに行きたがった。

多分焼き肉が食べたいけど、一人で焼き肉屋さんに入るのがイヤだったんだと思う。

私はもちろんとっくに一人で夕ごはん食べ終わっているから、焼き肉屋さんなんて行きたくないけど、断るとしつこいからちょくちょく一緒に夜中焼き肉につきあっていたの。


でも、この日は、大事な試験の前日。

夜中までなんてつきあってられない。


なるべくやんわりと、明日は試験だから行きたくない。もう寝たいと、断わった。


もちろんしつこく母は、

「そんなのいいじゃない。焼き肉食べたいでしょ。せっかく早く仕事終わったから、連れていってあげるから」


私は本当に行きたくない、と、一生懸命断ると、


ヤッパリこうなった。


母は、泣き出し、

「あんたは、なんて子なの。せっかく連れていってあげるって言ってるのに。その態度はなんなの。誰のためにわたしがこんなに遅くまで働いていると思っているのよーーっ」

「あんたのためにがんばってるのにあんたは、本当に冷たい子だね!お父さんにそっくりだよ!」

なんてことを泣きながら、時に声を大きくしたり、私を睨み付けたりしながら言い続ける。


私は、ここで少しでも言い返したりしたら、さらにこの話が長くなるのを知ってるので、うつむいて、話が途切れるのを待ち続けた。


途切れたタイミングで部屋のふすまを閉めて、母を刺激しないように、小さな声で

「おやすみ」

と言ってベッドにもぐり込んだ。


でもね。これで、終わりじゃないの。


こんなんで母がおさまるわけない。

ふすま一枚隔てただけの向こう側から、母のすすり泣きが聞こえてくる。
ちょっと大袈裟に鼻をすすって、私に十分聞こえる音量で独り言を言い始める。
「こんなに苦労してるのに、ホントにあの子はなんて冷たいんだろう。親をなんだとおもってるんだ。大変な思いで育てているのに。なにが不満なんだ。ズズッ。わたしは欲しいもの何1つ買わずに爪に火を灯すような暮らしをしているのに、あの子のためにがんばってるのにー。スンッ。スンッ。」

こんな感じで、母はニッカのウイスキーの水割りを飲みながら、何十分も何十分も、私に独り言を聞かせ続ける。

私は無駄な努力と知りながら、寝たふりをし続けたの。