SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。 -22ページ目

SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。

SLE10年目突入。
なんだかんだずっとしんどいけれど
なんだかんだずっと楽しく生きている気がしています。

なんだかもうずっと涙腺が緩んでたけれど、待合室で謎の歌を楽しげにうたうオバサマに遭遇して気が紛れた。

なにをどう話したかハッキリ覚えていないけれど
先生は「色んなデリケートな問題があるけれど、納得して覚悟が出来てるなら手術したらいいと思うよ」と、わたしが迷っているのをまるっとお見通しな答えだった。
子供の事とかハッキリ口に出さない先生がやっぱり好きだー!優しい♡

ヘモグロビンは、前回の筋腫摘出手術から緩やか〜に下がっていた。
(4年前は14あったけれど、今は9)

鉄剤処方されちゃった。
あれ嫌いやのねぇ。
でも今回の生理で初めて貧血による吐き気を体験したので、錠剤でかいけどしっかり飲もう。

帰りの電車でなるべく明るい曲を選んで聴いていたけれど何故か涙が出てきて困った。
やっぱり子供欲しかったなぁって思った。
もしSLEになっていなくても、筋腫で子供産めなかったかもしれないんだなぁって思ったら悲しくなった。

いつものお気に入りの喫茶店にも寄ったけれど、お腹は空いてるのに食欲が出なくて。
夫に帰る連絡したら「お昼食べた?」って珍しく聞かれて、食べてないよーって返信したら「一緒に食べよう」って返ってきて。
あぁ、やっぱりこの人と結婚してよかったなぁって思ったらまた泣けて来て。

家に着いたら心配そうに「おかえり」って言ってくれてすぐ荷物も持ってくれて気が緩んで、泣きながらお弁当を一緒に食べて、話聞いてもらって。

出た結論は「もっと前向きな気持ちで手術を受けたい」だった。
今はまだ子供ガーとか思っちゃう嫌な自分で、後ろ向きだから「さぁ!どーんと切っちゃって下さい!これで解放じゃあ!」くらいまで気持ちを持って行きたい。

夫は「10年後20年後も一緒に元気に過ごせるようにしたいね!」と言ってくれた。

その通りだ!サンキュー夫!

ギアチェンジまで、もう少し。
大丈夫。わたしはきっと切り替えられる。





結局、心は固まらないまま今日は診察日。

夫に、子宮なくなったらがっかりする?と聞いてみた。
「何を言うてんのん」と泣きそうな顔で優しく頭を撫でられた。

そんなんでがっかりするような人じゃないことくらいわかってるけれど、聞きたかっただけ。

どこかでうっすらと実子の希望を持ってると思うから、確認したかっただけ。

さて、何をどう話そう。

風強くなってきたな。
病院おわったら早く帰ろう。

いってきます。



この先の人生、次の手術は大腿骨頭壊死だと思ってた。
相変わらず人生何が起こるかわからんなぁ。

さて、まだ膠原病内科に話を持っていってもいないのに、わたしは何をもやもやと悩んでいるのでしょう。
来週の木曜日が果てしなく遠く感じる。


子宮全摘した時のメリット、デメリット。
並べてみてもよくわかりません!!

5年前の子宮筋腫の手術は前向きに受けれたのよね。
SLEが落ち着いてきて、膠原病内科で子作り許可が出て、そしたら婦人科の定期検診で、それじゃあ筋腫取ろうかって言われて。

そのタイミングで父の肺癌がわかったから、父の手術優先して落ち着いてからわたしの手術をしてもらって。
さぁ!手術終わったら妊活だーって。
ま、希望は元旦那の心無い一言で打ち砕かれたけど。


その前の卵巣嚢腫の手術は26歳の時で、まだSLEにもなってなかった。
なんで手術になったのか経緯も思い出せないけれど、ひどい病院だったのだけは覚えてる。
ただ、母方の家系が婦人科の病気が多かったから、20代前半から婦人科の検診には通っていた。

その前は小学校3年生の時の盲腸。
これはもうノーカンかな。


もやもやの原因はやっぱり子供?
いいやん、全摘したらすっぱり諦めれるやん。と思ったり、もうほんまにお終いか。って動揺したり←どこに希望を見出してたのかって、自分でほんまに引く。

手術自体は怖くない。
きっと前日も当日も緊張して怖くなるやろうけど、なんとかなる。
先生方がなんとかしてくれる。

怖いのは予後で。
SLE、どうなるかな。
また血腫できるかしら。
また退院伸びるかしら。
また妊婦さんと同室かしら…。
個室入りたいな。手術以外で辛い気持ちになりたくないな。
とか。
いま先生に質問してもわからないだろう事ばっかり不安に思ってしまう。

SLE患者(膠原病患者全般?)はホルモン剤は使えない。
このまま貧血に耐えて筋腫を放置するか、切るか。

自分はもっと決断力のある人間だと思ってた。
ううん。嫌になる。