SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。 -17ページ目

SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。

SLE10年目突入。
なんだかんだずっとしんどいけれど
なんだかんだずっと楽しく生きている気がしています。

22時就寝、6時起床がすっかり身に付いて、1日が長く感じる今日この頃。

さて。
今年は自分でおせち作りました。

\ どーん /

作りましたといっても、全部ではないのです。
叔母にお重を借りて、大晦日にせっせせっせと詰め込みました。
所々にわたしの性格の粗さとやっつけ仕事感が出ていますねw

姉の大好物の煮しめは思いのほか美味しくできて満足( *˙ω˙*)و
盛り付け難しかった。黒豆とかも全部作ってた昔の主婦ほんまにスゴい。わたしは無理です。買いました(`・ω・´)キリッ

作ってみて思った事。きっと買った方が安いw
でもお重に詰め終えた後の充実感は凄かったので、作ってよかった( *˙ω˙*)و

次からは煮しめだけにしよう。あ、栗きんとんも作ろう。
なますも夫の好物だから作ろう。


今日で術後2週間。
早いなぁ。
体調は…
硬膜外麻酔の跡がまだ痛んでちょっとうんざり。
傷跡に貼るテープが痒い。
寒さに弱くなった気がする。
子宮を取ったという自覚はまだ無し。

トータル的に見ると、やや元気です( *˙ω˙*)و

1月14日。術後4日目。
夜中、吐き気で連続で眠れず。
朝にルートから吐き気止めを入れてもらう。
「大丈夫そうなのでレントゲンはもう撮らない」と先生に言われ、若干の不安を覚える。
ルートを外し、念願のシャワーに行く。途中立ちくらみがしたけれど、本当に本当にスッキリした。
この日くらいから締め切っていたカーテンを開ける余裕が出来て、同室のおばさまとお話しするようになった。
夜の検温でわたしが「37.5℃、熱ないでーす!」と看護師さんに伝えると「いやいや、あるから!笑」と言われて認識の違いにびっくりした。でも病室のみんなが笑ってくれて楽しかった。

1月15日。術後5日目。白血球 60、CRP 0.124
このままいけば予定通り退院出来るんじゃなかろうか、と思っていたら先生が来て、16日に退院診察して17日退院だと告げられる。まだ油断は出来ないとビビりながらも、やはり嬉しい。
晩ご飯の後、精神科主治医が来てくれた。ものすごい心配してくれてた。有難い。

1月16日。術後6日目。
夕方に退院診察。内診怖かった。久しぶりに怖いと思った。
そして痛かった…。今回は抜糸なし。
執刀医、教授先生のお二方に内診してもらい、無事お墨付きをもらう。
ヘモグロビンはまだ数値が低めだけれど、今後改善していくでしょうとの事。
最後の夜という事で、晩ご飯から消灯までおばさまとお喋り。

1月17日。術後7日目。退院。
夫がすごく早く迎えに来てくれてびっくりしたw
談話室で会計待って、詰所でご挨拶して、会計していざ帰宅!
ちこさん、「いやああああああああ」と鳴きながら突進してきて噛んで来た。愛情表現なの!?と戸惑いながらも、撫でさせてくれたので調子に乗って抱っこする。
後追いし、トイレに行けば鳴き、横になれば上に乗り(痛い)寂しかったのか、と申し訳なさ半分嬉しさ半分。
そして、夫にずいぶん甘えるようになっておる(嫉妬)
お膝なんか、いつから乗るようになったの…?



現在。
やはりまだ本調子にはならない。けれど出血はなし!
尿管取ってから尿意が戻らないのが不安。2時間起きに腹圧で出せるけれど、出なくなったらどうしよう。漏らしたらどうしよう。
きっと神経因性膀胱なんだろうなぁ( ³ω³ )
夫婦揃って...と思ったけれど、夫の辛さがわかったので良しとしよう。
やはり経験しなければわからないもんだ。
後は絶食長かったおかげか、体重が5キロ程落ちたので出来ればキープしたいw


ブログで頑張れ!と書いてくれたお友達。ありがとう♡
夫。姉。先生方。看護師さん。スタッフさん。
今回も沢山の方に支えられ励まされ無事帰って来る事が出来ました。

「手術はわたし寝てるだけやから」なんて言ってたけれど、違うなと。
執刀医の先生が何回も「頑張りましょうね!」と言いに来てくれて、そうか。わたしも頑張って良くなりたいと思わないと!と思いました。
そのおかげで術後に痛くても歩こうと頑張れた。
腸閉塞も神経因性膀胱も、わたしにはアクシデントではあるけれど、手術を受けた以上仕方がない事だ。


今日はほぼ日5年手帳が届く\\ ٩( 'ω' )و //
頑張ったご褒美。
いっぱい書けなくても、ちょっとでも毎日書いて、懐かしがったり自分の変化を感じる事が出来たらいいなぁと思う。

夫も自分の生きていく方法を探し当て、毎日頑張っている。
一般的ではないかもしれないけれど、おー!そうきたか!と思っている。何よりも夫が楽しそうにしているのが嬉しい。

わたしもこれで一区切り。
人生第2章の始まりだ!

術後1週間で退院\\ ٩( 'ω' )و //

退院前日に「チコが3回吐いた…」と夫からヘルプが来たので、帰れて良かった。

術後に腸閉塞(機械的イレウス)になり、絶食が続いたのでかなり体力が落ちておる。
帰って来た方が精神的に楽だけれど体がしんどいというジレンマ。


以下、記録。

1月9日、入院。

前回にオペ前日に病棟処置室で剃毛したな!と思い出し、今回は生理4日目だったので、申し訳なさすぎて自分で剃毛して行ったけれど、傷がつかないように手術室で直前にやるように変わったと聞いて要らぬことをした…と反省。
看護師さんは「気使ってくれてありがとね」って。優しい♡

1月10日、手術。
12時15分頃、元気に歩いてオペ室へ。
バイバーイ!と笑って手を振ったら姉が泣きそうな顔をしていた。
硬膜外麻酔の処置が前回より痛くて早くも後悔。
今回も全身麻酔はすんなりかかった模様。(覚えてない)
17時20分頃、目が覚めたのはオペ室だった。(時間は言ってくれはったので覚えてる)
病室に戻る時に酔って、嘔吐。
すぐ教授先生が来てくれた。
姉と夫がいてくれた。代わりばんこで頭撫でてくれたけど、吐き気が酷く気持ち悪くなって寝てしまった。
手術はもう2度とごめんだ、と思った。
とにかく朝までの我慢だと自分に言い聞かせた。
熱は最高で39.5℃。長く続かなかったので及第点。
出血量200cc程。輸血なし!

1月11日。術後1日目。白血球 95H、CRP 1.199H
おならがでない。
徐々に不安になる。
朝に立ち上がってトイレに行ってみるも、気分が悪くなり断念。その後嘔吐。
昼前にもう一度チャレンジして、なんとかトイレへ。
尿管を取ってもらう。
どんどんお腹が張って痛みが強くなる。
傷の痛みより辛かった。
夕食が出たけれど、一口も食べれず。
消灯前に膠原病内科の主治医が来ていたような気がしたけれど、頭が動かず声かける余裕なし。
夜中は吐き気が酷くベッドを起こして眠る。
看護師さんが明日レントゲン出来るよう言ってみると言ってくれた。

1月12日。術後2日目。
歩いても歩いてもおならが出ない。こんなのは初めてで、痛みに心が折れそうになる。もう無理だ、痛くてこれ以上歩けないと涙が出そうだった。
朝に先生から「レントゲンオーダー入れるね」と言われた瞬間ホッとした。
10時頃、車椅子で検査室へ。レントゲンってこんな辛い検査やった⁉︎っていうくらい、お腹が痛かった。
でも病室に帰ってきたら、まさかの放屁。本当にすみませんってなった。移動時の振動が良かったのか…?
結果は術後腸閉塞。
癒着が酷かったらしいし、手術時間も長かったので仕方ない。
おならが出たのでひとまず安心との事だったけれど、絶食継続。でもその方が楽だった。
マグネシウムと漢方の大建中湯でお腹が動くよう促す。
最低限の水と、SLEは最低限のお薬を飲む。(プレドニンのみ)
水下痢が出るようになり、また安心。

1月13日。術後3日目。白血球 85H、CRP1.880H
シーツ交換してもらって、スッキリ。
昼過ぎに継続点滴終了。念のためルートは残す。
右手の輸血用ルートは外してもらえた。
体も少し楽になってきた。
夕食から食事再開。3分の1ほど食べたけれど、薬は苦しくて飲めなかった。
とにかく早く薬を全部飲めるようにならなければと、目標を決めた。プレドニンだけでは怖かった。
もう1度レントゲンを撮ると思うと言われて、また必死で歩く。
なんだか無性に悲しくなり、前回の記事を勢いで書き殴る。



長い。長いなぁw
怒涛の術後3日間。
一旦締めます。