SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。

SLE10年目で左卵巣と子宮全摘と脳動脈瘤。

SLE10年目突入。
なんだかんだずっとしんどいけれど
なんだかんだずっと楽しく生きている気がしています。

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普段ツイッターは災害情報とコロナ関連しか見ないけど
ALSの方の事があってから、ちょいちょい見るようになっていた。
世間はどう思っているのか気になった。

そして石原慎太郎がALSの事を「業病」と書いたと。

業病、前の姑がよく2人きりになった時にわたしに向かって言ってたのを思い出した。
「絶対にごうびょうやわ!」とかご祈祷に連れていかれそうになったり。

ただ、音でしか聞いてなかったから、ごうびょう?強情?たぶんなんか嫌な事また言われてる!って笑って流してた。
あ、あれって業病って言われてたんや!ってやっと気付いた。

当時のわたしが調べてたらやばかったな。
今でも結構なダメージくらってるけども。
いい加減に嫌やったことなんか忘れたらええねんけど。

自分でもたまに「わたし前世でなんかした?!なにしでかした?!」って思うけど。
いやもう前世とか知らんし。
虫やったかも猫やったかも恐竜やったかもしれんやん。

とりあえず、人に言われたくないわな。
やかましいだまっとけ。と心の中で思っておく。

現世は修行で、死は救いなんだと父の葬儀の時にご住職に教えてもらった。
泣きすぎてわけわからんことになってるわたしら姉妹を見かねて、言わはったんかもしれへんけど。

修行は続くよ。いつまでかはわからんけどw
出来ればもうちょっとイージーモードがよかったなぁ。



6月15日。
右肩の痛みが半年以上続いてる為、膠原病内科から紹介状書いてもらって整形受診。
「腱板というところに炎症はあるけど、問題はないです」と断言されたから、現段階で根治治療ないのかと諦める。
でも問題なくはないだろうよ。痛いんだよ。

6月23日。
未破裂脳動脈瘤の経過を診てもらう為、近所の脳外科受診。
この日になると「無事半年生きれたなぁ」としみじみ思う。
ちなみにここの病院のMRIは耳栓渡してくれるから好き。

結果はなぜか脳動脈瘤が小さくなるという奇妙な事が起きて、未破裂脳動脈瘤は小さくなる事はないんですよね?と聞くもはっきりしない答えでモヤモヤしながら診察終了。
「よかったねぇ!小さくなったねぇ!」と言うなら手放しで喜ぶけれど「あれ?なんでや?」で放置しないでほしいw
次回、また半年後に受診。

7月2日。
膠原病内科受診。
「整形の先生なんて言ってた?痛み引いたん?」と入るなり聞かれ、上記のまま伝えて痛みはまだひどいと言うと、整形医師から主治医への返答が微妙にニュアンスの違う事が書かれていたらしく、えらくご立腹だった。
わたしは子宮全摘後の尿意消失の一件で執刀医とやりあって以来、他科の診察は苦手なので、腱板はSLEと関係ない(指定難病外)なので整形は他所の通いやすい病院にしますと伝えた。

採血結果は問題なし。
アクトネルを週1回から月1回に変更してもらった。
血管の話の流れで主治医は右手親指の付け根に動脈があるとか、
血圧は右手と左手どっちで測ればいいのかとか、
肩の炎症について図解付きでより詳しく説明してもらったけど、主治医は「僕は絵心がないんですよ」と言われて笑いを堪えるのが大変だったり、
今年は指定難病の更新ないですねとか、毎年ありがとうございますとか話したり、
なんだか盛り沢山の診察時間だった。

次回は9月。
このまま落ち着いていればステロイド減量を検討。
いつの間にか熱は出なくなったけれど、肩の痛みで朝晩ロキソニン飲んでるし、ちょっと様子見。

とりあえず、肩が痛い。





明日は母の誕生日のお祝いをしに行きます。
わたしが幼稚園に入る前から通っているらしい(薄ぼんやりと覚えてる)とても美味しい串カツをみんなで食べに行きます。
未だにそこのマスターには、姉妹揃って「お嬢ちゃん」と呼ばれます。
恥ずかしくてこそばゆいし、ここに父もいればよかったなぁと行く度に思います。

母がアルコール依存症のクリニックに通い始めてもう7ヶ月になります。
さっき夫に「お母さんお酒やめれてて褒めてあげなあかんな!」と言われて、急にぶわっと去年の事を思い出しました。

去年は本当に本当に、身体も心も辛い1年でした。
術後の身体で動き回り奈良と大阪を行き来し、身体の不調も薬で誤魔化して、ゴリゴリと寿命を削っているなという実感がありました。
どんどん元気になっていく母と対照的に、疲弊していく姉とわたし。
母の方が長生きするんじゃないかと、母の検診について行く度に思いました。

秋晴れの日に花と姉とピクニックに行って、すごくいい天気で風が気持ち良くて姉が作ってくれたお弁当が美味しくって、すごく穏やかな時間で、やっと心から一息つけた事を覚えています。
花が居なかったらピクニックなんてきっと行かなかったし、花がくれた大切な時間だったんだなと、今になって思います。

たった1年でこんなにも良くも悪くも状況が変わるなんて思ってなかった。
思わなかったよ、花。


明日笑顔で実家に行くための吐き出しでした。