京都旅行記が途中なんですが、今日はバンタンのことを。。
4月17日、18日に東京ドームで7年ぶりのBTSのライブがありました。
私は落選につぐ落選で、現地には行けなかったのだけど、アミ友ちゃんと映画館でのライビュに観戦しました。
なんと映画館は満席!
田舎の映画館でさえ満席になるほど、全国各地にアミがいるということは、そりゃリアルで会える東京ドームの当選は至難の業ですわねぇ。
ライブはとっても素晴らしくて、イルアミ(日本人のファン)の歓声や歌声にメンバーもすごく感動してくれていて、ライブってお互いの想いを交換しあう場所なんだなと肌で感じた。
行くまでは私リアルで会えないし、所詮ライビュだしと、ちょっとひねくれた気持ちもあったんですが、そこに実際居なくても、同じ想いがあれば場所を超えて気持ちも繋がるんだ。って素直に感じた。
世界的なスターになったバンタンだけど
日本語曲を懐かしそうに歌いながら、
一緒に大声で歌うイルアミをキラキラ潤んだ目で見つめる彼らの姿を見ると
久しぶり、会いたかったよ!っていう言葉がただのリップサービスではなくて
楽しい時も苦しいときも
一緒に歩んでくれた、愛しい存在として思ってくれていることが伝わってきました
こんなに大スターになってもいい意味で変わらないでいてくれる![]()
私がバンタンを好きになったのは2020年の春頃。
Dynamiteの発売のちょっと前。
Answer love myself という曲を妹から教えてもらったのがキッカケでした。
自分を大切に。自分を愛してというストレートなメッセージと透き通るような歌声に涙腺が崩壊し心が震えた。
それまでアイドルなんて全然興味ない。
ましてK-pop??
いやいやないわー
っていう人間で。
今だから白状するけど、
なんか韓国キライ。
っていうのが根底にありました。(ほんとスミマセン。)
竹島は独島だ!!韓国のものだ!
韓国は日本のせいで地獄の苦しみを味わった。
だからいつまでも謝り続けろ。
慰謝料よこせ。と
戦後何十年経っても被害者意識のまま居続けるスタンスが嫌だった。
ですが
2020年始まってすぐ。
私はバシャールの針の目を通り抜ける
というワークに参加しました。
それは
簡単に言うと
許せないことを赦すというワークで
なぜか私は
韓国を許せないを手放してみようと思いついたのです。
もう、どうやってやったのかすっかり忘れちゃったんですが、簡単なワークでした。
それをやったことをすっかり忘れた数ヶ月後
不思議なことに、私はバンタンを好きになりました。
わー、かっこいい!
ダンスの練習は一生懸命だし発言も謙虚。
みんな仲良しだしすごくいい子たちだわ。と思い
沼に落ちかけたとき
ふと
そういえばこの中で誰か、原爆Tシャツ着て問題になったよね!?
何年か前、めちゃくちゃ問題になったじゃん!!
ということを思い出した。
ネットで調べると、
案の定、バンタンの過去の発言が反日思想に基づくものである。という情報も見つけた。
その頃、よく日本人がいっていた言葉。
あいつら日本に出稼ぎに来てるから、
日本ではいいこというけど、本当は反日なんだよ。
日本人は金蔓なだけ。と。
そのときわたしは
既に色々と動画を身漁っていたのだけれど
彼らの言葉や態度を見るにつけ
それが表面的なものには思えなかった。
ものすごく、クリアでポジティブな彼らの精神を感じていたから。
だから私は自分の直感を信じて、ARMYになりました。
バンタンを好きになると、色々韓国のYouTuberの動画もオススメにあがって、目に入るようになった。
今時の30代(バンタン世代)より若い人たちは、親日が多いことが分かった。
海外留学や日本に遊びに来る人も多いから、韓国でされてきた反日教育と、実際に出会った日本人の立ち居振る舞いを見て、あれ?むしろ韓国で教えられてきた教育が間違ってるんじゃないの?
と気がついてる人が結構いることを知った。
なんだ、昔の考えに凝り固まってたのは私の方じゃないかと気がついたアラフィフのわたし。
Dynamiteが流行りまくって一般の日本人にも認知されてはや数年。
今回の東京ドームに押し寄せたARMYは老若男女。そして男性がものすごく増えたそう(ユンギが喜んでたもんね)
そういうお互いの日韓の感情が少しずつほぐれてきているのを感じる。
ただ今回のライブで私はちょっと気になっていたことがあった。
body to body
この曲は曲中に
アルバム、ツアータイトルにもなっている
アリランがサンプリングされています。
バンタンのライブではARMYが全力で歌うことを求められるので、(静かに聴くという日本人的な聴き方は求められてませんw)ライブではARMYがアリランを歌うってことが想定されていました。
このアリランという曲は韓国のアイデンティティを象徴する曲。
Netflixのアリランの制作ドキュメンタリーでは、
アリランは多様な解釈が出来る。とふんわりHYBEのディレクターがメンバーに説明してたけれど
アリランの意味に対してはいろんな説があるけれど、”アリダ”(痛い、えぐい)に接尾語の”ラン”が付いた言葉で、アリランの歌詞によく出てくる”ツリラン”も”ツリダ”(胸が痛む、つらい)から由来したというのが一般的。
こういう意味からアリランの歌詞は大体悲しくて恨めしいのが特徴で
恨(ハン)という国家特有の感情があると言います。
この恨の感情の中には
日本に連れてこられた徴用公や従軍慰安婦が故郷を思って哀しく悔しく思った過去の歴史も入っているので
東京ドームで日本人がアリランを歌うってことの意味は決して軽いものではないな。と個人的には思っていました。
もちろんその懸念は当然制作時にもあって、
ドキュメンタリーの中でも
パンPDが
「アリランを世界中の人々が歌う、またとない機会なんだぞ。BTSは伝説になれる。」
と発言している一方(正確にはこの二つの言葉は違うタイミングで言っている。が、私はパンPDがわりと政治的な意図やBTSの権威づけの為にアリランを使いたいんだろうなと感じた。)
テテが
「愛国心を強調しすぎてちょっと。。」
と言ったり
他のメンバーも
「アリランを主張しすぎなのでは?もっと短くしたい。」
というやりとりがあって、
シンプルに良い音楽を作りたいメンバーと
そこに韓国という国の主張を入れ込もうとする意図の攻防を垣間見た。
私自身は、直接東京ドームに行くことは叶わなかったけれど、
Twitterを見ても、実際参加する人がアリランを歌うべきかどうか、悩む人はいた。
日本人がアリランを歌うことで
日本を打ち負かしたと喜ぶ存在がいるかもしれない。
だけど、何より彼らの喜ぶ顔が見たい。
という純粋な思いで歌った人が多かったように思う。
いざ蓋を開けてみれば、バンタンや世界中が驚くほどのほどの東京ドームでの大合唱。
日本のARMYは
国と国は色々あるけど、
音楽を通じて、国境を超えて世界は人は一つになる。
相手の言葉も文化も含めてお互いを尊重する。
そんな想いを乗せて歌った。
韓国の人たちは、アリランを日本人が歌ってくれて素直に嬉しい。なんか不思議な気持ちだけど。
と呟いていた。
(いろんな意見があったけど、恨という気持ちは特になくて、ただの民謡と思ってる韓国人や在日の人も多いようだった。)
2020年。私はあの時
針の目の向こう側に行くと決めた。
そして今、韓国と日本が、お互いの文化や言葉を尊重して分かり合える世界へ、やっと来たのだと思ってる。
けれど今また戦争の足音が聞こえてきていて、
不穏な世の中になりつつあることも事実。
いろんな許せないを持ってるわたしだけれど
新たな針の目を潜り抜ける。
そう決めたら、新たな世界に行くことが出来るのかもしれない。




