今週は会社全体が秋休みだ
といっても昨日までの3日間は、子どもたちのペースを崩さないように、そして国語の個別特訓をするべく開放していた
毎回30人くらいくるのを1人でさばき、色んな質問や電話があって、どうも自分の準備は満足にできなかった。改めて思うこと。それは、今年の受験生は凄まじい学年だということだ
とても中3とは思えない頭を持っている。地頭がいいとはこういうことなかと思わされる
勉強に燃えるという空間は、長く教室長が造りあげてきた空間だけれども、時々「狂気」にさえ映る。
何というのか、勝ちにいく、いや必ず来る決戦に勝つという雰囲気が、我々が醸し出すのではなく、むしろ子どもたちが作っていっているというパワーが「狂気」に感じるのだろう。
授業中「前向いて」と言った時の一斉に顔を上げる光景といったら、本当に身が引き締まる思いと同時に、常に結果を求め続けられるプレッシャーに押しつぶされそうになる


そんなに気負わなくてもとは言われるが、はっきり言えば失敗できない環境に身を置いている。その時やれる精一杯を超えた、だからこっちも「狂気」になって追い込んでやらないといけないと。使命感に近いものを感じている

今までの自分を振り返ってみると「勢い」だけのようだった気がする。
昨年は2教室。子どもの質も、下から一気に叩き上げの教室だったから、思った以上に疲労が溜まっていて、今年、それがあちこちから噴き出しているのも事実。
でもそのお陰で、どこでアクセルを全開にすればピークを受験時に合わせられるか落ち着いて考えられるようになった

あと、少し忘れかけていた
「常に単年勝負。結果がすべて」
これが自分のモットーに近い。
余計な感情を入れないように、ユーモアある(笑)冷徹さで接しているのは、これが理由なんだろうな。
でも「愛情」が無いわけではない。それとは違う、風のように現れ風のように消え去っていくみたいなね。過ごした日々は夢だったんだろうか、という感覚がいいのかも。
で、環境は叩き上げのほうが断然いいんだけど、今年は今年で最高の経験ができるし、走り続けるというのがどんなものか、いかに最高のゴールをするか、考えられていること自体が楽しくてしょうがない。
受験生にはすぐに、このスタンスが受け入れられるし、結果も出してきたと思う。
異動して8ヶ月。今年の受験生は国語を担当しているが、はっきり言って、国語を知らない人間が国語を指導している。要は「深み」が出ないということ。
ただ、昨年から本格的に国語を始めて、一から教室長のビデオを真似ていたという「守・破・離」の「守」を守り抜いたことが大きい

「勝てる国語」を叩きこまれたし、型を教えてもらった。今年は、それをうちの子どもたちに置き換えて、完全なオリジナルカリキュラムで勝負している。「破・離」だ。4クラスのカリキュラム・宿題が異なっている。今のところは入試から逆算できている。こちらも毎月のようにあちらこちらの問題を解きまくって、どれを使おうかセレクトしているし、本当に子どものおかげで成長させてもらっている

3月から預かって、前任と指導方法も大きく異なるので、夏までは我慢のときと割り切っていた。
模試の順位も3位→5位と少しずつ落っこちていたが、論説文が苦手なので、とにかく叩いていただけだし、段々と成長を感じていた。
そして、9月模試で1位!(約90教室中)平均点も2位と約4点差。
論説文の順位は78位→40位→14位まできた。
一部では経験が浅いのに、なぜカリキュラムを守らないのかとも言われているみたいだ。でも
「周囲は関係ない。預かった以上はこちらのやり方でやるし結果も出す」
これだけは誰にも負けない信念として、これが崩れたら自分の価値はゴミクズ同然なのだから。
常に勝ち続けられるよう、死力を尽くす。
自分の能力の無さを棚に上げてしまうが、国語の楽しさなんぞいくらでも分かる機会があると思う。
この仕事で最もやってはいけないのは
「国語ができなくて落ちました」
の一言だ


1位を獲って喜んでいるのは二流。貪欲に全員の偏差値を3月より上げて全員の結果を出す。まだ7割しか上がっていない。ここを追い求めていくのが一流。結果を出したら超一流。
嵐に顔を向けよう!
涙と汗は陰でこぼそう!
発信が最近ないと言われ、勢いだけでの今迄からどう脱皮するか苦しんでたけど、今年は伝説を創るんだから、こっちに場を移してみようかな。
