夏休みの牧場見学メインの北海道旅行でニセコ方面に行ったついでにメジロ牧場を訪問しました。

 

日高エリアに牧場が集まっているので単独で洞爺湖町にあるメジロ牧場は行き辛いんですよね。

 

当時はメジロティターン・メジロライアン・メジロパーマーとメジロゆかりの馬達のお墓見学が出来ました。

 

 

メジロティターン 当時29歳

 

メジロマックイーンのお父さんですね。

 

2000年に種牡馬引退し功労馬として余生を送っていましたが、2009年10月13日に老衰で亡くなっています。

 

 

続いてメジロライアンとメジロパーマーが暮らしている厩舎へ移動しました。

 

 

  メジロパーマー

 

近付くと噛みつかれるので適度な距離から見学しないと危なかったですね。

 

自分が競馬を始めて最初のGⅠ現地観戦が天皇賞(春)でメジロマックイーン・ライスシャワーとの3頭の決着でした。

 

種牡馬時代はアロースタッドで繋養されていましたが、メジロライアンの方が人気だったので記憶が薄い印象です。

 

2002年に種牡馬を引退して同牧場で余生を送っていましたが、2012年4月7日に心臓麻痺で亡くなっています。

 

 

メジロライアン

 

自分が競馬に興味を持った前年(1992年)に引退してしまったので初めて会ったのは種牡馬として繋養されていたアロースタッドでした。

 

当時は、内国産の二代目は種牡馬として成功しないという通説があったので生産牧場から相手にされなかったところ、初年度にメジロドーベル、メジロブライトが活躍してくれたお陰で新種牡馬ランキングで首位になった経緯があります。

 

2016年3月17日に老衰で亡くなっています。

 

最後にお墓巡りをしてメジロ牧場の見学を終えました。

 

 

 

競馬を始めてメジロマックイーンを見たくて阪神競馬場(産経大阪杯)まで行って記憶があります。

 

 

現役時代は競馬場でも見た事がなく、種牡馬になってアロースタッドで繋養された時も4年目にビッグレッドファームに放出された時も全く会っていないんですよね。

 

 

メジロラモーヌは1度だけ伊達分場から移動して本場で余生を送っている時に見学させて貰ったのが最後でした。

 

 

メジロアレグレットはメジロドーベルの3番仔で2005年7月17日にデビューして3着、2戦目も3着で3~5戦目が連続2着からの6戦目(2006年10月8日)で競走中止で予後不良となってしまったんですよね。