クメールルージュって聞いたことありますか?
カンボジアにはごく最近のこと 血塗られた歴史があります。
ウルビーノはアンコールワットがらみで 当時も少なからず興味を持ってはいたのですが、実際にプノンペンに残されている当時の爪痕を目の当たりにして パニックになりました。
1975年から79年のたった5年たらずの間に ポル・ポト政権は数百万人の罪のない人々を虐殺しました。
その当時の悲惨な記憶を後世に伝えるためプノンペンに当時刑務所と呼ばれた 虐殺の施設が博物館として残されています。
トゥールスレン博物館



ポル・ポト政権がたおされ ここが解放されたときには処刑人達はすべて逃げ出していましたが・・・拷問の途中にあった人たちはそのまま残されていたのです。
がらんとした部屋にベッドがあり,手かせ足かせがあり,悲惨な写真がありました。
その辺からウルビーノは勝手に流れ出した涙がどうしても止まらず
しばらく見て回るも、どうにもこらえきれずにグランドへ出てみると,そこにも拷問に使われた鉄棒があり説明があり、たまらずにうずくまってしまいました。
ここは刑務所になる前は学校だったのです。
プノンペンで私たちの通訳をしてくれた女性
彼女の両親もクメールルージュの犠牲になったそうです。
教師,学者,弁護士など知識人を特に敵視したらしい。

目を覆いたくなるような予備知識を仕入れた後
我々が向かったのは キリングフィールド(殺戮の野原)と呼ばれる場所でした。

野原にあるくぼみは一カ所から何百もの遺体が掘り出された後です。
遺骨は慰霊塔に
想像を絶する苦しみの果てに到底安らかとはいえない死を迎えた人々
心からのご冥福を祈ります。

野原を歩くと骨や歯がいとも簡単に見つかります。
胸の悪くなるような処刑の実態をお話しするのもはばかられますので
ここで興味を持たれた方は カンボジア キリングフィールド で検索してください。
そして 戦後平和な国にくらせる幸せを改めてかみしめてもらえたらと願います。
さて、胸がきりきり痛みだしましたので、この辺でお口直しを
美しい王宮です。
シハヌーク殿下のお住まいですね。

余りお土産物を買わないウルビーノですが、このカンボジアの素朴な布には惹かれました。
あれ?どこにやったんだろう・・・
探して又飾ってあげなくちゃ。

散歩をしていたら面白い出会いもありました。
プノンペンでウナロムという寺院で現地人向けに日本語学校をされているお坊さんです。
いろいろお話しして 楽しい時間を過ごさせていただいたのに,もう細部は忘れてしまいました。
この方も プノンペン ウナロム寺院で検索していただいたらいろいろ詳しく出てきます。
素敵な笑顔の気持ちのよいおじさんでした。
俗っぽい観光客のお相手までしていただいて、ほんとうにありがとうございました。


帰りの乗り継ぎのバンコクで一泊
自由時間が少しあったので
有名なタイシルクブランド ジム・トンプソンの屋敷で今は美術館とショップになっている所を見学しました。


なかなか興味深いものがたくさんありましたが、何よりもアメリカからタイへ来て エキゾチックな暮らしをしていたジム・トンプソン自身に魅力を感じました。
アンコールワットに惹かれて勇んでついて行ったウルビーノでしたが、
思った以上にいろいろな歴史に触れることができ、深く印象に残る旅ができました。
おまけ
プノンペンでガイドさんがあまりに勧めてくれるので もしかしたら彼女のささやかな収入にもつながるかもと、一番当る!という占いのおばあさんにみてもらいました。
最初からニコニコのおばあちゃん、
ほめるほめる 悪い所はないの? と聞きたくなるほどほめちぎってくれました。
今はもう忘れましたが、ウルビーノの将来は絶対安泰らしいです。
多分死ぬまで元気でしょう。
カンボジアにはごく最近のこと 血塗られた歴史があります。
ウルビーノはアンコールワットがらみで 当時も少なからず興味を持ってはいたのですが、実際にプノンペンに残されている当時の爪痕を目の当たりにして パニックになりました。
1975年から79年のたった5年たらずの間に ポル・ポト政権は数百万人の罪のない人々を虐殺しました。
その当時の悲惨な記憶を後世に伝えるためプノンペンに当時刑務所と呼ばれた 虐殺の施設が博物館として残されています。
トゥールスレン博物館



ポル・ポト政権がたおされ ここが解放されたときには処刑人達はすべて逃げ出していましたが・・・拷問の途中にあった人たちはそのまま残されていたのです。
がらんとした部屋にベッドがあり,手かせ足かせがあり,悲惨な写真がありました。
その辺からウルビーノは勝手に流れ出した涙がどうしても止まらず
しばらく見て回るも、どうにもこらえきれずにグランドへ出てみると,そこにも拷問に使われた鉄棒があり説明があり、たまらずにうずくまってしまいました。
ここは刑務所になる前は学校だったのです。
プノンペンで私たちの通訳をしてくれた女性
彼女の両親もクメールルージュの犠牲になったそうです。
教師,学者,弁護士など知識人を特に敵視したらしい。

目を覆いたくなるような予備知識を仕入れた後
我々が向かったのは キリングフィールド(殺戮の野原)と呼ばれる場所でした。

野原にあるくぼみは一カ所から何百もの遺体が掘り出された後です。
遺骨は慰霊塔に
想像を絶する苦しみの果てに到底安らかとはいえない死を迎えた人々
心からのご冥福を祈ります。

野原を歩くと骨や歯がいとも簡単に見つかります。
胸の悪くなるような処刑の実態をお話しするのもはばかられますので
ここで興味を持たれた方は カンボジア キリングフィールド で検索してください。
そして 戦後平和な国にくらせる幸せを改めてかみしめてもらえたらと願います。
さて、胸がきりきり痛みだしましたので、この辺でお口直しを
美しい王宮です。
シハヌーク殿下のお住まいですね。

余りお土産物を買わないウルビーノですが、このカンボジアの素朴な布には惹かれました。
あれ?どこにやったんだろう・・・
探して又飾ってあげなくちゃ。

散歩をしていたら面白い出会いもありました。
プノンペンでウナロムという寺院で現地人向けに日本語学校をされているお坊さんです。
いろいろお話しして 楽しい時間を過ごさせていただいたのに,もう細部は忘れてしまいました。
この方も プノンペン ウナロム寺院で検索していただいたらいろいろ詳しく出てきます。
素敵な笑顔の気持ちのよいおじさんでした。
俗っぽい観光客のお相手までしていただいて、ほんとうにありがとうございました。


帰りの乗り継ぎのバンコクで一泊
自由時間が少しあったので
有名なタイシルクブランド ジム・トンプソンの屋敷で今は美術館とショップになっている所を見学しました。


なかなか興味深いものがたくさんありましたが、何よりもアメリカからタイへ来て エキゾチックな暮らしをしていたジム・トンプソン自身に魅力を感じました。
アンコールワットに惹かれて勇んでついて行ったウルビーノでしたが、
思った以上にいろいろな歴史に触れることができ、深く印象に残る旅ができました。
おまけ
プノンペンでガイドさんがあまりに勧めてくれるので もしかしたら彼女のささやかな収入にもつながるかもと、一番当る!という占いのおばあさんにみてもらいました。
最初からニコニコのおばあちゃん、
ほめるほめる 悪い所はないの? と聞きたくなるほどほめちぎってくれました。
今はもう忘れましたが、ウルビーノの将来は絶対安泰らしいです。
多分死ぬまで元気でしょう。
