新年明けましたね!
元旦実家に着いたら
父がぼーーーっと前を見つめて座っていました。
明けましておめでとう!!
と声をかけると前を見たままの
父の顔は真っ青で息が苦しいとだけ
小さな声でつぶやいた。
12月に肺炎を併発した父は2週間ほど
入院し、年末年始で一時退院をしてました。
慌てて入院していた病院に電話をし
救急車を呼んで
脱いだコートをまた羽織りました。
10分後到達した救急隊員の方が
タンカに父を乗せてくれた
初めて乗る救急車は凄く揺れが激しく
呼吸が苦しく咳き込む父に
容赦なく激しく振動する揺れ
でも急がないと!
苦しいながらに小さな声で
近所の人だれか見てなかったか?って
そんなことどーでもいいのに!!!
でも世間帯を人一倍気にする父は
こんな時でも気になったのか
だれも出てきてなかったよ。大丈夫。
周りを見る余裕なんて私には無かったから
確認もしてないけど、そう言いました。
父は私の目を見て軽く頷いてました。
父がこのまま死んでしまうんじゃないかって
怖くて手を握った。
ようやく病院に到着して3分待つよう言われ
私は高熱のあった父と共に来たのもあり
コロナの影響もあって
高熱患者の付き添い者用の隔離室へと
案内され待機するよう指示されました。
病院に着いた安堵からか
急にトイレがしたくなって
トイレに向かいドアを閉めたとたん
自分でも驚くほどワァーーッて涙が溢れた
こんな時にハンカチを忘れてしまっていて
トイレットペーパーで拭いました。
その後はひたすら待ちました。
怖くて不安で心をどこにどう
持っていけばいいのかわからなくて
携帯のLINEで連絡できる人を探したけど
元旦のお昼
きっとみーんな今幸せな時間を過ごしてる。
家族や友人と楽しくはしゃいでいる…
こんな時恋人も居ない独身の私には
泣いて胸を貸してもらえる人も
LINEでこの不安や悲しみを
こんな日でも遠慮なく言える人が居ない
それが余計に辛く悲しくなっただけでした。
いやいや、冷静に今後のこと考えないと!
母も癌で、さらに認知症も患っている
どーしていくべきか
そんなケアマネージャーをしている
ジム仲間の人が頭をよぎったが
やはり遠慮して連絡はできなかったんです。
すると携帯が震えた
なんとその人から新年の挨拶LINEが!!!
すがる思いで私はLINEで今の状況を送った
すぐに電話をくれた
ようやく人に不安を話せたら
涙がまた溢れて止まらなかった
怖くて怖くてたまらなかった
もう会えなかったらどうしよう
ケアマネージャーの友人は
大丈夫!
本当に危なければすぐに呼ばれている
今処置中ってことだから助かるってこと!
でも即入院は確定やから荷物纏める準備と
これからの話、担当のケアマネに電話するとか
できることはあるから!
ようやく安心した私は冷静になれた。
私ね不思議なんですが
私が強く思い浮かべた人から
自然と連絡が来ることよくあるんです!
でも
その呼び寄せ(?)できないときもあるんです。
その人とは今それほど魂では
繋がってないんだって思うんです。
そのあと酸素投入された父は話せるようになり
会話をして一安心することができた。
病棟へと移された父を一度別れを言い
病院に到着後4時間が経っていた…
ようやくタクシーを呼び病院を後にしました。
心配してる母の元に帰ろう。
お節を食べるため朝軽くしか食べてなくて
タクシーに乗った瞬間お腹が鳴った
少し安心したのをお腹は気付いたらのかしら。
人間の体と感情はとても不思議だな〜
少しの安堵で感情が溢れてたり
少し安堵で急に空腹が襲ってくる
沢山沢山抱えて我慢した私の体と心
よく頑張ったね。
ありがとう。
タクシーの運転手のおじさんが
こんな日に病院から乗る私に
気を遣って話しかけてくれた。
父の病気のことや救急車に乗り来たこと
怖かったことを話した
すると運転手さんは救急車揺れるでしょ〜と
救急車に乗った経験を話してくれた。
親族の結婚式でお酒を飲み倒れたお母様のこと
駆け寄った自分も飲み過ぎでこけてしまい
救急車を呼ばれてしまい乗せられたこと。
揺れがすごくてお酒の酔いが周り
余計しんどくなって吐き気がしたという
笑い話だった。
ようやく笑えた。
帰ってやることを整理しながら
実家に向かった🚕
【つづく】