気がついたら、前回の記事から
11ヶ月経っていた😅
その間、キルギスにいなかった訳ではない、
むしろ、冬の後も初夏〜夏の間はずっと
ここ(キルギス)で過ごしていたし、
ただ、最近感じることとして
多分ここにいる事が
自分の中で普通になって
単なる生活者の目線に切り替わり、
驚きが無くなった=特筆すべき事が
特に見当たらなくなった
という感覚は強く感じていた。
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この1年でキルギスは、
通常では考えられないくらい
様々な事が変化した。
国のシステムから始まり、
街中常にどこでも大工事、
あちこちで見かけるマンション建設。
ニョキニョキとタケノコのように
日々建物が増えていくし、
道は道路工事(アスファルト化や拡張)の為
各種バスの通り道がなくなるくらい
あちこちで工事が盛んに行われ
国が生まれ変わる、もしくは
そもそも生まれる時というのは
こういう事なのか
というのを日々、つぶさに
観察させてもらった。
大統領も、直近の国連スピーチで
"ようやく眠りから覚めたばかりの私達の国“
と語っている。
その様に変化する
キルギスの様子を日々見ては、
自分の中に相反するふたつの感情が
常に沸き起こっているのを感じていた。
新しい物が出来、綺麗になる・
便利になって快適になる
というワクワク感と、
もはや今となってはおそらく
キルギスだけに残っているであろう
旧ソ連の姿(建造物や様々な様式など)が
日々破壊されていく中で感じる、
何か、もう決して元には戻らない
貴重なものが破壊されていく
という焦燥感の様なもの。
個人的には気に入っていた、
ソ連崩壊後ずっとうち棄てられていた
旧ソ連時代のモニュメントの類が、
次にそこを通った時には
安っぽい現代アートに
取って代わられていた時のショック。
いつも散歩していた思い出の道を
心和ませる並木道にしてくれていた街路樹が
次に通った時には綺麗さっぱり
跡形もなく消え去っていた時、
私たちの思い出も一緒に
なくなってしまったかの様に感じた。
夫や家族をはじめ、
現地人には理解されないこの感覚は
おそらく私が日本という、
近代文明が一回転した国から来たからこそ
見えるものがあるからだ、
という風に感じている。
なくしてしまったものは、
近代化を夢中で成し遂げた後、
町中どこを見ても個性を失って
世界中どの国も金太郎飴の様に
同じ様になった後、
しばらく経ってなくしたものの
価値に気付く という事は
ここに限った話ではないだろう。
そのプロセスを日々、見せられている
という様な感覚。
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今回、ソウルからビシュケクへのフライト。
乗客の多くがキルギス人で、
そこにロシア人がちらほら混じる。
その比率は、この国の民族構成の割合と
ほぼ同じ様に感じられた。
そこに、韓国人も一定数混ざり、
更に数人の中国人や欧米人、
そして、毎回おそらくただひとりの
日本人である私。
初めてキルギスに来た10年ほど前、
当時はまだウクライナ戦争の前で、
ロシアのアエロフロートが
東京⇔ビシュケク間の
もっともメジャーな航路だった。
初めて乗ったキルギス便。
驚いた事はいくつもあり、
機内食に羊肉とそばの実が出た事、
おやつのクッキー?ビスケット?に
アエロフロートのロゴマークである
ソ連の、鎌と槌のシンボルが
ガッチリ刻印されていた事、
そして、ビシュケクに着陸した途端、
機内中が歓声と拍手に包まれた事。
とても温かい気持ちになり、感動したのを
覚えている。
当時の機内も、やはり今回の
民族比率と同じ様に、
キルギス人の中にロシア人が混じる、
国内民族比率の縮図の様な割合。
この、機体のランディング時に拍手(や歓声)
というのはロシアの文化でもあるらしいが、
いわゆる途上国でもよく見られる風景の様だ。
その後も何度もキルギスに来ているが
着陸の度にキルギス人(とロシア人?)から
拍手が起こっていた、
しかし年々減っていたかもしれない。
それは今回、拍手ゼロだった事で
逆に気付いてしまった事だった。
あれ?なんかおかしい、いつもと違う?
隣のキルギス人や近くの席の人達は
退屈そうにスマホをいじり、
着陸には見向きもしない。
たまたま今回がそうだったのかもしれないが、
当時と違い、今のキルギス人には
飛行機でどこかに行くなんて珍しくもなく、
そう、だって当時はまさか今の様にLCCが
マナス(ビシュケク)に来るなんて
想像もつかなかったし、
私達も実際、数年前に
ソウルから直行便が出来るんだって!
え、本当に?!
すごいね、そうしたらもっと近く便利になるね
などと話し合っていたのだった。
今のキルギス人達は外国で経験を積んで、
飛行機の着陸の時にわざわざ
拍手なんてしない事を
まるで国際的なマナーのように
学んだかもしれない。
でもなんだか、ここでも私は勝手に
何か固有の文化がまたひとつ
失われてしまったように感じて、
寂しさを感じてしまった。
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段々と拡張されていくマナス空港。
階段を降りて、パスポートコントロールへ。
ソ連時代からおそらく変わらないであろう、
アーミーカラーの軍隊の様な
制服を着た空港係員達の姿を見て、
キルギスに来たんだな、
と初めて実感する
あのいつもの感覚が胸に起こった。
これも、おそらくマナス空港の工事が完了し、
新・マナス空港 としてリニューアルする時には
普通のスーツに取って代わられるだろう。
怖そうな顔をした入国審査官が
私のパスポートを見るや、
「カニチヴァ(こんにちは)」
と笑顔を向けてくれた。
キルギス人ははにかみ屋でありながら
人懐っこい。
分かりにくくなっていた為、
人に聞きながらやっと外に出た時、
新・マナス空港の完成青写真が目に入った。
今、ちょうど頭の部分の骨組みを作っているらしい。
きっと、これが出来たら
制服だけでなく、空港の色んな事が変わる。
そしそうであるならば…
以前出発ロビー付近で時々見た、
ソ連風の制服を着て帽子をかぶり、
部下を左右に引き連れていかにも偉そうに
威張って空港内を歩く"えらい人"の姿も、
近いうち見られなくなるかもしれないから、
居丈高に振る舞われても、
いちいち腹を立たないことにしよう。