6月1日に出産予定日が確定してから

7月20日までの7週間で、事態は少しずつ少しずつ悪い方へと向かっていたのかもしれない。

 

すべては、授かりさえすれば当たり前に産めると思っていた

私の浅はかさのせい。

 

周りの人だってみんな産んでるんだから私だって同じ、と

高をくくっていたせい。

 

子宮奇形で、人より流産早産の可能性が高いと言われていたのに

自分は大丈夫なんて思ってた大馬鹿野郎な私のせい。

 

以下に、切迫流産の診断を受けてから入院するまでを書き記す。

 

6月21日 11w3d

昼食にラーメンを食べた。

食べ悪阻だったから割と何でも食べることが出来たし

油たっぷりの熱々ラーメンだけど昔ながらのあっさり醤油味だから、大丈夫だと思った。

 

その後、アウトレットモールのジョンマスターオーガニックに、妊娠線予防のボディオイルを買いに行った。

緊急事態宣言は解除されていたけれど、コロナ渦にも関わらず人がいっぱいで喉が渇き

冷たい物が飲みたくなって、タリーズコーヒーでフルーツの冷たいジュースを注文した。

 

ジュースを飲んでしばらくすると、急にお腹が痛くなったのでトイレに駆け込んだ。

酷い下痢でしばらくトイレから出られなくなった。

 

治まったかな・・・と思って出ても、またすぐに痛みの波がきてトイレに戻り・・・を繰り返した。

 

お腹の赤ちゃんが心配になった。

ごめんね、苦しいよね、ビックリしたよね・・・とお腹をさすって痛みを堪えた

 

30分ほどして波が過ぎ去りトイレを出た。

腹痛も治まったので、その後は普通に過ごした。

 

元々胃腸が弱い方なのに、油に冷たいものの組み合わせ・・・失敗した。

 

6月23日 11w5d

夜に赤茶色いおりものが出た。

今までこんな色のおりもの見たこと無かったから動揺。

慌てて産婦人科のネット予約システムで翌日の一番早い時間の予約を入れた

 

6月24日 11w6d

産婦人科で診察を受ける

数日前に酷い下痢をしてしまったこと、赤茶色のおりものが出たことを伝えると

助産師さんから、お腹は痛くないのか、出血量は生理の2日目くらいあったか聞かれた。

 

下痢以降、お腹は痛くないし、出血と言ってもおりものに色が混ざる程度だったので

私は大した事無いのだと勝手に思ってホッとした。

 

内診してもらうと、たしかに子宮内に出血が見られ

おそらく胃腸炎で胃腸が動き、胃腸と共に子宮も動き、血が溜まったのだろうとのことだった。

 

一度出血してしまうと、出産まで繰り返す人も居るらしい。

先生は「胃腸炎が高くついたね~」と笑って言うので、まぁ大した事無いのだろう・・・と思った。

 

1週間自宅で安静にして、1週間後にまた診せてと言われ

デュファストンとダクチルを処方された。

 

処方箋の薬の効用を見ると、切迫流産の薬と記載があって

はじめて自分が切迫流産なのだと知った。

 

6月25日 12w

課長に自宅安静になってしまった事を伝えると

すぐに今日から在宅勤務に切り替えて良いと言ってもらえた。

元々、緊急事態宣言後に会社では在宅勤務の態勢が整えていたので、こんなところでコロナ渦の恩恵に授かる。

 

課長と部長が、家まで私の営業車を引き取りに来てくれて

部長から「うちの子供も2人とも切迫流産だったけど、元気に産まれた。切迫流産を乗り越えた子供は強くなるぞ!」と励まされて

元々そこまで深刻に考えては居なかったけれど、そうなんだ!!と、より一層元気をもらった。

 

7月2日 13w0d

病院へ行き、経過を診てもらう。

家の中では動いてたけど、1週間ぶりに外に出た。

 

初めての経腹エコーで血塊のような物が見えたが経膣エコーでは見えず・・・

念のため、もう1週間安静となった

 

13wになったので、より強い切迫流産の薬であるズファジランに処方が変更

 

このズファジランがくせ者で・・・

服用すると、動悸・めまいの副作用が酷くしばらく動けない

胃もガスでパンパンに張り苦しくて立っていられない。

胃の張りは、夕方の夕食準備の頃にピークになる。

でも、早く切迫流産を治すために薬を飲み続ける。

 

7月10日 14w1d

1週間経ったので通院

出血が無くなっていて安静解除!ズファジランの副作用からも解放!!

薬を飲まなくなったので、体調も良好!

悪阻なのか薬の副作用なのか分からなかった胃のムカムカも無くなったので、やっぱり薬のせいだったんだ!と思った。

 

安静生活でお世話になった夫への御礼に、コンビニでスイーツを買い込んで帰った。

 

7月12日 14w3d

安静生活を送っている間に、季節はすっかり夏に。

夫が床屋に行っている間、夏の風を感じようと、ベランダでプチピクニックをして過ごす。

タブレットでハワイアン音楽を流し、ジュースを飲みながら雑誌を読む

その様子を夫に見せたかったのに、夫がなかなか帰ってこず、18時近くまでベランダに居たら身体が冷えてしまった。

 

その夜、また赤黒いおりものが出た。

 

7月13日 14w4d

再び病院へ

エコーでは大した出血は見られなかったが、再び安静になる。

短い安静解除だった・・・

 

でも、安静解除になったら、このコロナ渦で出勤しなければならないのは不安だったし

安静生活ですっかり体力が落ちた中で、片道徒歩30分の通勤に自信が無かったので、安静になって良かった・・・と少し思った。

 

おりものが多いとのことで、再検査。

 

通院にはタクシーを使っていたが、この日の帰りはリハビリの意味も込めて歩いて帰宅。

20分位で、通勤の為の良い練習になった。

 

7月19日 15w3d

モスバーガーで昼食

西松屋でマタニティレギンスを購入した。

はじめて西松屋に入った。

その後スーパーで買い出し。少し動きすぎたかな・・・大丈夫だよね、これくらい・・・

 

7月20日 15w4d

経過観察で通院

子宮内に大した出血は無いが、子宮口を少しこすっただけで血がにじむ、とのことで

そこからの出血なのかも・・・と、子宮口の炎症を鎮めるために膣剤を入れてもらった。

 

この日は薬局がやたらと混んでいて1時間近く待った。

窓際の席しか空いてなくて仕方なく座ったけれど、後頭部に照りつける日差しが熱くて、喉も渇いて気分が悪くなった。

 

帰り際にパン屋で買ってきたパンと揚げたこ焼きで済ませた昼食後

いつものようにベットの上で仕事(一応在宅勤務中)を始めようとしたところ、何かが流れ出る感覚が・・・・

帰宅直後もそんな感覚がありトイレに駆け込んだが、透明な液体でおそらく溶け出した膣剤だった。

今回も同じだろうと思ってしばらくそのまま寝転んでいたが

だくだくと流れ続ける感覚があってさすがに、このままでは下着を汚してしまう・・・とトイレにいくと・・・

 

下着が真っ赤に染まっていた。

トイレに腰を下ろすと流れ出る赤い血。便器の中は瞬く間に真っ赤。

止まらない・・・どうしよう・・・どうしよう・・・

 

とりあえずナプキンをあて、生理用のショーツに履き替え

慌てて病院に電話すると、すぐに来てくださいとのこと。

 

夫に、どうしよう、血が止まらない・・・とLINEして、慌ててリュックに荷物を詰め込み家を出る。

 

なんとなく・・・しばらく戻って来れないような気がして、スマホの充電用のケーブルと、文庫本、買ったばかりのマタニティレギンスをリュックに詰め込んだ。

 

外はジリジリ太陽で暑い・・・駅前のタクシー乗り場まで小走りで行ったところで、マスクを忘れてしまった事に気がついた。

でも、また自宅のある3階まで階段を登るのは良くないような気がして、ハンカチで口を押さえてタクシーに乗り込んだ。

病院なら、マスクの1枚くらいあるだろう・・・と思ったけど

慌てていてマスクを忘れてしまった事をタクシーの運転手さんに詫びると

タクシーを降りるときに、「ちょっと待って!」と、トランクをがさごそして、運転手さん私物である未開封のウレタンマスクを1枚分けてくれた。

 

暑さと、動揺で汗だくで真っ赤になった私に「頑張ってね!!」と言ってくれて、少し気持ちが和んだ。

きっと大丈夫、と思った。

 

暑くて暑くて汗だくで・・・受付で検温をすると、38.5度もあった。

午前中に来たときは36.8度でしたよね??暑いからですかね?;;;と言われる。

 

中待合室に通されたが、全然呼ばれない。

だんだん具合が悪くなってくる・・・その間も血が出続けている感覚。トイレに行く元気もなくなる。

 

早く・・・早く・・・と心の中で唱える。

 

前の診察の人がようやく出てきて、先生と助産師さんの話し声がした

「まぁ、また子宮口から血が出やすいからね~ それじゃないかと思うんだけどね~」と、私の事を話しているようだった。

おおげさなんだよね~と暗に言われているような気がした。

 

診察室に呼ばれ、まぁ、とりあえず診てみようかと、内診室へ移動

下着を脱ぐと、案の定夜用のナプキンが真っ赤!

「まだすごい出血してますけどいいですか?」と、カーテンの向こうの助産師さんに聞くとOKとのことなので

そのまま内診台へ・・・

 

台が上がり脚が開く、器具を入れると血が吹き出し、先生が「うわ!!これはすごい量だ!!」と初めて事の重大さを把握してもらえた様子。

 

「なんか・・・透明な液体も出たよね・・・」と助産師さんと話している

「膣剤かなぁ・・・」と・・・

(その後転院先にて、この透明な液体が羊水だということが分かる)

 

診察室へ戻ると、さすがにこの量の出血では自宅に帰すわけには行かないから

入院ができる病院へ転院してもらうとの話になる。

 

隣町の総合病院に話を通してもらい、外来時間はもう終わっているが受け入れてもらえるとのことでそのまま向かうことに。

 

出がけにLINEしたきり、バタバタでスマホを見る暇も無かったけれど

紹介状を作ってもらうのを、診察台に横になって待っているときにスマホを見てみると

夫から心配の返信が大量にきており、夫は半休をとってすでに病院の駐車場まで来てくれていた。

 

夫に付き添ってもらって、そのまま真っ直ぐ隣町の総合病院へ・・・

新患受付、外来への移動をしている際も血が流れ出る感覚があったが

もうめまぐるしく変わる事態の変化について行けず、変に明るく振る舞う。

 

外来時間が終わっているので誰も居ない診察室

産婦人科外来だけ明かりが付いていて待っていてくれた模様。

 

すぐに呼ばれて、内診台へ移動を促されその前にトイレを済ませると

やっぱりナプキンは真っ赤だった。

 

待合室に座っている夫に目配せをして内診室へ・・・

またしても吹き出す血液。モニターに映し出される赤ちゃんは・・・よかった、元気みたい・・・と思っていると

 

「こりゃ破水だな」と先生の声が。。。

 

 

え・・・・?破水??まだ15週なのに?破水して大丈夫なの・・・???

 

さーっと血の気が引いていくのが分かった。

 

とりあえず、台から下ろされて内診室を出る。

 

何が何だか分からないけれど、深刻な事態なことは分かった。

 

青い顔で夫の元に戻った。

 

旦那さんも一緒に・・・と2人で診察室に通された。

 

先生が静かに口を開く。

 

「出血してるだけならば、どうにでもなるんだけど

 羊水が一緒に出てきていて、恐らく破水していると思われます。

  赤ちゃんは今は元気だけれど、流産の方向に向かっていると思われます・・・」と

 

 

え?

 

 

流産って・・・??

 

 

え・・・・???

 

 

何も考えられなくなった。

 

夫は現状と、今後について何かを聞いてくれていたけれど

私は何も頭に入ってこない。

 

この後入院しなければならないことだけ、分かった。

 

もうこうなってしまっては、なるようにしかならないから、と絶対安静の措置はとられず

一度帰宅して入院準備をしてから戻ってくるように言われ、帰路についた。

 

車の中は無言だった。

 

18時 夕焼けで空が紅かったことだけ覚えている。

帰宅して、入院準備をしようと寝室に入った瞬間、涙が溢れ出て止まらなくなった。

 

赤ちゃん、赤ちゃん駄目になっちゃうかもしれない!!

私のせいで!私のせいで赤ちゃんがしんでしまう!!!私のせいで!!!

 

夫に抱えられながら、フラフラになって準備を進めた。

19時半までに病院に戻らないといけない・・・とりあえず、病院に行かなくてはならない・・・

 

家を出る時・・・もしかすると次にこの部屋に戻ってくるときにはもう、赤ちゃんはお腹に居ないかもしれない、と思った。

 

病院に向かう車の中で、母親に電話した。

「赤ちゃん駄目になっちゃうかもしれない!」と号泣しながら電話して、母親までも動揺させてしまった。

 

とりあえず詰め込んできた大きな荷物を運ぶのに夫が病棟まで付いてきてくれたが

コロナのせいで、面会禁止になっているので入れるのは病棟のエレベーター前まで。

 

心配そうな表情で立ち尽くしている夫を、曲がり角で見えなくなるまで何度も何度も振り返って

弱々しく手を振った。

 

次に会えるのはいつになるのだろう・・・・

 

これから自分の身に何が起こるんだろう・・・ と不安で仕方なかった。

 

急だったから大部屋が開いていなくて・・・と個室に通されたけれど

新生児が居る部屋から1番遠い病室だったようで、病院の配慮を感じた。

 

すっかり冷めてしまった夕飯を食べ

点滴の針が刺さらなくて何度も抜き差しされ

テレビも見ず、荷物も来て置いたまま、狭いベットの上で丸くなった。

 

少しでも、羊水を漏らさないように。

トイレに行くのも怖くてじっとしていた。

もちろん全然寝れなかった。

 

妊娠15週 破水  の検索ワードで、ネットにインスタに・・・検索し続けて夜を過ごした。

 

 

 

 

これが、6月1日から7週間の出来事。

こんなことが、自分の身に起こるなんて・・・

母子手帳をもらって浮かれていた私は思いもしなかった。