ずっと昔から知っている本なのに、
大きくなってからふと読み直してみると
あの頃の自分では気付けなかった奥深さに気がついて
やっと作者の伝えたかった真意を理解したりすることがある。

ここ数年、何度かそんな絵本や小説に再会して
それは自分が少し複雑な気持ちのわかる大人になったことを
気付かせるための測量機のような役割を果たしてくれている。

そんな時はなんともいえない感動があって、
まるで茂みに隠れていた、秘密の花園に続くドアを
やっと開いて中に足を踏み入れたような気持ちになる。

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その中で、特に胸に響いた一冊について残しておこう。

聖書の次に多くの人から親しまれているという
サンテグジュペリ著の『星の王子さま』。


あの頃、小さな私の記憶にバラバラと散らばっていた
風変わりな王様達のお伽話はただの尾翼に過ぎなくて、
この王子様がいつも心に抱いていた'一輪のバラ'の存在、
そして、この本が'大切な誰かとの絆の育て方'を教えていたと知った時、
この小説は私にとって子供向けのお伽話ではなく、普遍の哲学書になった。

それはまさに、今30歳を目前にしている私が向き合うべきテーマで、
なかなか的確なことばで説明できないでいる答えだったから。


きっかけは些細なものかもしれない。
恋なんて思いこみや勘違いでほとんどが始まると思う。
衝動的で感覚的で、風が吹いたらいつ消えてしまうかもしれない。

それでもその想いを信じてみることは大切だ。

相手を少しでも理解したいと会話を重ね、
相手との距離を少しずつ縮めるために時間を共有し、
相手の笑顔が少しでもみれるように手間暇をかけてみる。

そうして積み重ねが、ある日気付いてみると、
他の人では代われない居心地や信頼に変わっていたりして
もうちょっとやそっとの風では吹き飛ばされない太い絆ができていたりする。

始めから完璧なパートナーシップなんてなくて
いつか理解してくれる日がくると信じて積み重ねた毎日が
二人を徐々にかけがえのない存在にしていくという、やっと見えた答えは
こんな子供の頃に読んだ小説の中に、ちゃんと書かれていた。

大人になって子供の心を忘れていくと、
もうピーターパンやティンカーベルは見えないかもしれない。
でもその代わりに、ちゃんと見えてくるものもあるんだなあ。


星の王子さま―オリジナル版/岩波書店


— またいつかふと読み返すことができるように、
  心に残った「星の王子さまとバラ」のお話を少しだけ。

 ある小さな小さな星に住んでいた、とても心の優しい王子さま。
 その星に、一輪のとても美しいバラの花が咲きました。

 王子さまはそのたった一つのバラをとても慈しみ、
 毎日新鮮な水を汲んできてはたっぷりと与え、
 衝立を用意して隙間風から守り、毛虫をやっつけ、
 夕方になると寒くないようにガラスで覆ってやりました。
 バラが文句を言ったり、自慢したり、黙り込んでいる時も
 王子さまは優しく耳を傾けつづけました。

 しかしバラはとてもプライドが高くて、
 自分のような花は世の中にたった一輪しかないと誇り、
 気まぐれな態度をとっては、王子さまを惨めな気持ちにさせました。

 そしてある日、王子さまはバラを愛する気持ちがありながらも
 信じることができなくなって、その星を出て行ってしまうのです。 
 
 沢山の星を旅しながら、王子さまは「地球」にたどり着きます。
 そしてある時、一つの庭園に五千と咲くバラの花を見つけるのです。

 王子さまは、自分の星に咲くバラのことを思い出して
 「自分のような花はこの世にたった一つだと言っていたのに
  これを見たら彼女はきっとすごく機嫌が悪くなるだろうな。
  死んだふりをして僕はそれを必死で看病しないといけないだろう。」 
 そして同時に、この世にただ一つの特別な花を持っていたつもりが
 本当はありふれた花の一つだったのかと、泣き出してしまいます。

 そんなとき、王子さまは一匹のキツネと出会います。
 寂しかった王子さまは「友達になって」と伝えますが、
 キツネは「きみとは遊べない、なついていないから」と答えます。

 キツネが言う「なつく」とは「絆を結ぶ」ということ。
 そのためには「がまん強くなることが大切」だと教わります。
 言葉は、誤解のもとだから何も言わなくてもいいから、
 ただ毎日会いに来て、隣で時間を過ごし、少しずつ近くに座っていく。
 そのうちに、お互いが他の誰とも違う存在になっていくのだと。

 キツネは王子さまに言います。
 「絆を結んだものしか、本当に知ることはできないよ。
  人間は時間がなくなりすぎて、本当は何も知ることができない。
  何もかもできあがった品を、求めようとする。
  でもできあがった友達はいないから、人間には友達がいない。」
 それを聞いた王子さまは、次の日も次の日もキツネのもとを訪れて
 二人の間には少しずつ絆が結ばれていくのです。

 やがて別れの日、キツネは寂しくて泣いてしまいます。
 「悲しませるくらいなら、仲良くなるべきじゃなかったんだ!」
 そう言う王子さまに、キツネは答えます。
 「君の髪と同じ金色の麦畑を見ただけで、君を思い出せる。
  幸せな気持ちになれる。
  だから、仲良くなったことは決して無駄じゃないよ。」

 そして最後に王子さまはもう一度、
 キツネの勧めで五千のバラが咲く庭園に足を運びます。

 そこで、大切なことに気がつくのです。
 「やっぱりきみたちは、ぼくのバラとは全然違う。
  外見は美しいけれど、いてもいなくてもおんなじだ。
  でもあのバラだけは、きみたち全部よりも大切なんだ。
  自分が美しいと信じて精一杯守ってきたバラだけが、
  ぼくの大切なバラなんだ。」

 それを知った王子さまに、別れ際キツネはこう教えます。
 「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、
  きみがバラのために費やした時間や気持ちだったんだ。」
 「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

 王子さまは思いました。
 「花の言うことなんて、ぼくは聞いちゃいけなかった。
  言葉じゃなくて、してくれたことで見るべきだった。
  あの花はぼくをいい香りで包み、ぼくの星を明るくしてくれた。
  ぼくは、逃げだしたりしちゃいけなかったんだ!それなのに
  ぼくはあまりに子どもで、あの花を愛することができなかった」
 
 そして、自分の星の一輪のバラのもとへと帰る決意をします。
 重すぎる身体を置いて大切なバラのいる星へと帰るために、
 金色の毒蛇に噛まれて消えて行くのです。