ニューメキシコ州ホワイトサンズ国定公園
ここは海なんかないのに、360度真っ白な砂漠が体験できます!
 
実は今日はずーっとブログで何を伝えようか迷っていたのですが
何故かふと今日になって思い出したのが学生時代、私にくれた母の言葉。
 

勿論覚えているけど、今日は特にその言葉が頭によぎったので、恐らくこれが今皆さんに伝えるべきことなんだろうなと思います。
 
それは
 
 
「私達に遺せるようなものはないけど、教育だけは遺してあげるから。」
 
 
あの母の言葉は、正直今まで母から聞いた言葉の中で一番心に残っている感動した言葉です。今でもあの時の事は、はっきりと覚えています。
 
因みに、タイトルに「遺産」と書きましたが、母は今でもバリバリ健在です!(笑)
 
 
母は私が赤ちゃんの頃から本を読んでくれていたそうです。
 
両親が独立してお店を始めてからはそんなに本を読んでくれる時間ありませんでしたが、
幼稚園や小学校に上がっても父が本を「青い鳥」や「かちかち山」などの童話の読んでくれていたのを覚えています。(父が本を読んだ後は、変てこな質問が出され、大抵私達は正しい答を出すことは出来ませんでしたが)
 
小学生の頃は読書が苦手でしたが、中学1年生の時にその苦手な読書を好きにさせる出会いがありました。
 
当時中学校1年の国語の担当教師が、オリエンタルビューティーと言う言葉がぴったりと当てはまる美しい女性でした。言葉の使い方も美しく、若くて艶のある女性でした。旅行に行っても写真を撮らず、心に焼き付けてとっておくのが好きだと語っていた彼女の魅力は私の心を惹きつけて、あの先生に憧れ(?というか、惹かれて)ていました。今考えると、女性と言うよりも人として非常に魅力的で美しい方だったからだろなぁ。
 
先生が足を骨折してお休みした事がありました。その時に実は同級生と二人でお見舞いに行きました。 本当は学校のルールで先生のお宅に訪問するのは違反だったのですが、先生が心配だったのと、彼女がどのような生活をしているのか興味津々だったからです。
 
 
快く招き入れてくれたK先生は、お茶を入れて下さりそして私達二人に彼女が選んだ本を下さいました。
 
 
友達には、カフカの「変身」
そして私には、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」を。
 
K先生は私達に、「この本はそんなに簡単な内容じゃないからさらっと読めないけど、時間がかかっても構わないから、じっくり読んでみてね。」というような言葉をくださいました。
 
 
今考えると、何故あの本を私に手渡して下さったのか非常に不思議です。
13歳になるかならないか位の私にとって、あの本は本当に難解な本でした。本を読むことに慣れていなかった私にとって、「デミアン」はかなり高尚な本でした。(ドイツ文学の巨匠ヘルマンだもんなぁ)
 
しかし、これがきっかけで私の読書の量は100倍くらい増えたのでした。
彼女の様になりたかったというのもあるし、何故かその本がきっかけで沢山の本を読みたい欲求が増えたんです。
 
 
今では、あれはどう考えても神の采配としか思えない読書との出会いでした。
というのも、その後K先生はわずか数回しか学校にやってこず、婚約をきっかけに学校を辞めてしまったのです。
 
 
なんだかあの2冊の本を私達に渡す機会を得る為に
学校に来てたかのようでした。
 
 
そして最初は世界の童話集にはまり、立原えりかさんの作品を読み漁り、更に色んな本を読みまくり。学校の図書館に入り浸ることが多くなりました。
 
 
その当時、構内の図書室で貸りた本の量では、私は学年でもトップを1,2位を争ってました。
 
 
本を身近に感じることが出来るようになると色んな種類の本を手にする機会も増えていき、高校の頃には軽い書物から精神論や心理学の本、シュタイナー教育に関することなど、兎に角面白そうと思ったものには何でも読んでみたものです。
 
学生時代は、お小遣いを趣味に投資してましたが、本の購入もかなりしてました。
今でもその本の幾つかははここ、アリゾナの我が家にもあります。
 
恐らくそうしたこともあってか、大学に入るか入らないかの頃に母が、「お母さん達はあなた達に遺してあげられるような財産はないけど、その代り教育をあなた達には残すからね。読みたい本とかあったら買ってあげるから。」と言ってくれたのです。(母は自分で言ったことを覚えてないでしょうが。。。)
 
 
私はその言葉を母から聞いた時、何の疑問も持たず素直に受け取って、それ以降大学を卒業するまで沢山本を買ってもらいました。(今思うと、本当に私は凄くラッキーだったと思います。)
 
 
その言葉を聞いた時、
(土地や財産を貰うよりもその方が価値がある)
って正直思いました。
 
今でもその気持ちは変わらないし、そういう風に言ってくれたことに心から感謝してます
沢山の知識を得ることに対して両親が協力してくれたからこそ、考え方に幅が出来たし柔軟に対応できるようになりましたジャンルを問わず興味を持って人の話を聞くことが出来るようになったし、素晴らしい人達との出会いも増えました。当然の事ながら時には失敗しましたが、それでも重大な危険を回避することも出来ました
 
そして今の私にとって、これまで両親が私に投資してくれた知識や教養をきちんと活用して、私らしく成功していくこと、そして次の世代に何かを引き継いであげることが出来れば、それが両親への恩返しになると信じてます。
 
 
学んだ知恵や、叡智を活かして自分が輝くようにする。 自立し、ビジネスや人生で成功しはじめたらば、今度はそれを次の世代に与えてゆく正直両親とは考え方の違いなどで、仲違いしていた時期も沢山あります。 教育を受けることでき、教養を身に付けることができたことは、両親からしっかりと愛を受けた証だと今は実感してます。