葬儀が終わったその日は娘が泊り、昨日は息子が夜遅くやってきた。寂しがる親父を不憫に思ったのだろうか。娘は独り身の気軽さから妻のもとにしばしばやってきていた。女同士、気が合った。息子は美容室の店長でもうすぐ初孫を見せてくれる。

それぞれの夜、仏壇や墓のことについて話し合った。戒名はすでに取得している。位牌を選ぶだけである。近頃はこたつから立ち上がるのが辛い。後祭壇には遺影と遺骨が置かれている。蠟燭がなくなった。線香はまだあるが、座って拝むとそのあとがきつい。

検索してみると、小さな仏壇が置けるスツール付きの下台があった。これなら座って拝める。妻の知人も私同様、古希を迎える。無理のない姿勢で線香1本上げてもらうには、もってこいだ。

息子は奥方が実家のそばに祖父から土地を相続されたことを打ち明けた。不惑を過ぎての子供である。都内で美容室を開いているが、子どもは田舎で育てたいという。娘はまだ先々の展望が見えてこない。墓地は永代供養にしようと考えている。一般墓もいいが、長男がこの地に定着しないのなら、毎年の供養で負担をかける必要はない。

香典返しの準備を進めている。ごく親しい範囲での家族葬にしたが、慣れない受付の娘と、香典を預かった地方からの出席者がそれぞれ異なる解釈をして、参加者限定の返礼品が半分以上、どこかに消えてしまった。

どこにいったのかトレースした。すると、地方から香典を預かっている親族が、預かった香典の数だけ車に乗せて帰ってしまっていた。出席した親族の半数が手ぶらで帰ったことになる。葬儀には親族だけ呼んだのだが、妻とともに高校を出て同じ職場にいた親友が拝みに来た。葬儀直前で返すわけにもいかない。そこへ1人、妹夫婦の息子が用事でそのまま辞去するという。友人はその代わりとして最後まで葬儀に参加することになった。色々とハプニングはあったが、慣れない儀式だから仕方ない。

 

笑い話で済むミスである。今日は泣くまいと思っていたが、妻の死に寄せられたブログのコメントを読み返して、またウっときた。