ゆみっちの笑顔と自信を取り戻したストーリー | 忙しいママを笑顔に!薬剤師ゆみっちのモデル体型ダイエット塾

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きれい痩せと家族の健康どちらも諦めたくないママを応援します。
家族と同じ食事で脚痩せー6cm/お菓子・お酒をやめずにー6kg/
便秘・肌荒れ・生理痛・低体温 すべて改善/むくみ改善のプロ
家族みんなで健康と幸せを手にいれよう!

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はじめまして。

 

みぞぐちゆみ(ゆみっち)です。

 

自己紹介させていただきます。


 

  ゆみっちの想い

 

私は中学生の娘と夫と猫と暮らしています。


 

私は現在、薬剤師の傍ら

ダイエットインストラクターとしても

活動しています。

 

 

 

 

好きなものを食べて、お菓子やお酒も

楽しみながら毎日笑顔で過ごしております。

 


 

そんな私ですが、以前は毎日やせること

ばかり考え、自分に自信がなく、

笑顔のないママでした。

 

 

スタイルのいいママを見ては、

 

 

「あんな風に綺麗なママになりたいなぁ」と

 

 

うらやましく思って過ごしていました。



 

でも、モデル体型ダイエット塾®︎に入り、

人生が変わります。

 

 

食べて痩せる方法を学びました。

 

 

そして、半年で−6kg、太もも−6cm。

 

 

 

 

それだけでなく、やっと

「自信と笑顔」

を手に入れることができました。


 

 

この経験をもとに、本業の傍ら、

ダイエットインストラクターとしても

活動する道を選びました。


 

「1人でも多くのママに

 自信と笑顔を届けたい」

 

 

それが私の使命です。


 

「え、食べるだけで痩せるの?」

 

「痩せただけでそこまで人生変わるの?」

 

 

と思われるかもしれませんね。


 

でもね、

 

「痩せると

人生が明るくなるんです」

 

 

と言ったらどうしますか??


 

・・これから少し私の話を聞いてくださいね。

 

 

  幼少期

 

私は父親、母親、妹の4人家族の

長女として生まれました。

 

母親は自分の思い通りにならないとすぐに

キレるような女性でした。

 

 

 

父親も亭主関白で、自己中心的な人でした。

 

ただ、言われた通りに、怒られないように

過ごすしかありませんでした。

 

 

毎日毎日、

「今日は怒られなかった」

「今日で怒られなくて済んだのは

連続3日目だ」

 

と”怒られなかった日”をカウントして

過ごしていました。

 

 

 

その結果、

 

 

 

親には自分の感情を表に出すことができず、

我慢する子になってしまいました。

 

 

  間違いの始まり

 

中学2年の時、母親が腎臓病になりました。

 

 

当時バスケ部に入っており、初心者ながらも

ようやく試合に出られた時でした。

 

 

 

「検査入院するから部活は休むように」

 

と言われました。

 

滅多に自分の感情を出さなかった私でしたが、

ここは思い切ってお願いしました。

 

「勉強も家のことも、ちゃんとやるから、

部活だけは続けさせてほしい」と。

 

 

母親はブチ切れました。

 

 

「家族が病気だというのに、部活なんか

やりたいなんて、

あんたは何という冷たい子なの?」と。

 

母親は顧問の先生に休部届の手紙を

書きました。

 

 

私は従うしかありませんでした。

 

 

そして、母親が退院するまでの期間は

勉強と家事の日々でした。

 

部活に復帰できたのは中学3年の春。

 

 

もう、試合にはでられませんでした。

 

 

一方、母親が退院してからは、

腎臓病の食事制限が始まりました。

 

 

目的は、進行を抑えて、

透析にならないようにするため。

 

 

制限されるのは、

タンパク質、生野菜、果物、塩分。

 

沢山食べていいものは、

カロリー補給のための揚げ物とお菓子。

 

 

という、母親の解釈でした。

 

 

家族もその食事を食べることになりました。

 

 

そこから、私の食べ物に対する

間違った解釈が始まりました。

 

タンパク質、生野菜、果物は悪いもの。

 

揚げ物は良いもの。

 

お菓子も食べていいものと。

 

 

思春期と偏った食事が重なり、

体重が増えていきました。

 

 

158cm 54kg という数値は

決して太っているわけではないけれど、

 

「もう少し痩せたい」

 

そう思っていました。

 

でも、

ダイエットなんてできるはずもありません。

 

母親は、

「子供はダイエットなんかするものでない。」

の一点張り。

 

ひたすら我慢の日々でした。

 

 

 

高校1年の春、

通学中に交通事故にあいました。

 

命に別状はありませんでしたが、

その数か月後、突然、頭痛と吐き気に襲われ、

何も食べられなくなりました。

 

食べられるものは、水とおかゆ、プリン位。

 

どんどん体重が減り、

54kgから45kgになりました。

 

 

生理は止まり、筋肉が落ちてしまいました。

 

テニス部に所属していましたが、

ラケットが重たくて、

振ることができなくなりました。

 

 

そして、毎月風邪をひきました。

 

 

体重が減ってもこんな体は嫌だ

 

と思いました。

 

整骨院に通い、体のゆがみを取ることで

徐々に回復し、生理も再開して、

大学入学時には52kgに戻りました。

 

 

しかし、

明らかに体質が

変わってしまいました。

 

 

なぜなら、食事制限の食事と、

食べられるものだけを食べてきたので、

十分な栄養がとれていなかった

からです。

 

 

生理痛、便秘、ニキビ、花粉症、

起床時体温34度台(低体温)という、

いわゆる代謝不良の太りやすい体

になってしまいました。

 

 

  過食とダイエット

 

薬剤師になれたとき、今まで我慢していたもの

が吹っ切れたようでした。

 

 

「もう、我慢しなくていい」

 

 

そう、自分を許したとたんに、

母親のことが嫌になりました。

 

 

一方、母親は薬剤師の私に依存しました。

 

 

私が仕事から帰宅すると、

待ち構えていたかのように、

自分の体調の悪さをアピールしてきました。

 

 

私は、家に帰るのが嫌になりました。

 

 

毎日のように、外食したり、飲みに行ったり

するようになりました。

 

 

 

 

 

酔って帰宅すると、さらに暴食が止まらなく

なりました。

 

 

家にあるチョコやクッキー、菓子パンを食べ、

冷蔵庫を開けては夕食の残りのおかずを食べ、

炊飯器を開けてはごはんを食べました。

 

 

お腹がいっぱいという感覚が麻痺し、

ストップがかかるのは、

吐きそうなほど気持ちが悪くなった時でした。

 

 

そのあとは、自己嫌悪に陥ります。

 

「またやってしまった」

 

「何をしているのだろう・・・」

 

 

翌朝は当然の胃もたれ。

 

 

朝食をとらずに出勤し、

昼にはお腹がペコペコ。

 

 デパ地下のお弁当や菓子パンを食べました。

 

 

体重はどんどん増えて、

63kgになりました。

 

 

ますます、自分のことが嫌いになりました。

 

 

 

ここから、ダイエットを色々と試しました。

 

食べなかったことにするサプリ、

ジム通い、

耳つぼダイエット

置き換えプロテイン

 

耳つぼダイエットでは

58kgから52kgまで落ちましたが、

やめると56kgまで戻りました。

 

 

  人間不信

 

29歳の時、結婚しました。

 

しかし、

初めからうまくいっていませんでした。

 

 

妊娠がわかったと同時に、

ひどいつわりになり、休職しました。

 

 

しかし、夫はパチンコに依存し、

生活費を使いまくりました。

 

 

そんな人とはもう暮らせないと思い、

子供をおろそうかと病院へ行きました。

 

 

でも、出来ませんでした。

 

 

小さな心臓が動いている、

そのモニターを目の前にした時、

お腹の子供は

私一人でも育てる

決意しました。

 

 

そして、娘は無事に生まれました。

 

 

夫のパチンコ依存は子供が生まれても

変わることはなく、むしろ悪化しました。

 

 

家に置いてある現金を

全て盗み取ってまで、

パチンコに行くようになりました。

 

 

私は人間不信になりました。

 

 

大喧嘩になり、

夫が暴力に走りそうになる直前に、

娘を抱えて家を飛び出しました。

 

 

 

そして、実家へ戻りました。

 

 

母親とは合わないとわかっていましたが、

1歳にならない娘のことを考えての

決断でした。

 

 

 

調停、裁判を経て1年後に

離婚が成立しました。

但し、月1回の娘との面会が条件でした。

 

 

  私のメンター

 

その翌年からは娘と共に

体調が崩れまくりました。

 

私は原因不明の高熱、娘は肺炎と溶連菌。

 

二人で交互に入院を繰り返しました。

 

 

 

私が高熱でうなされていた時でした。

2歳の娘は私の肩をポンポンと

たたきながらこう言ってくれました。

 

「大丈夫、〇〇(娘の名前)

がいるから」

 

私は救われました。

 

 

 

 

数年後、

今の夫と付き合うことになりました。

 

 

彼は両親の車のディーラーさんで、

私が大学生の時から知っていたし、

娘も何度か会ったことがあり、

懐いていました。

 

 

一方、元夫とは面会を続けていました。

 

娘は、父親とわかっているのに

「おじさん」と呼んでいました。

 

 

再婚が決まった後の面会のときでした。

揉め事が起こり、娘が泣き出しました。

 

 

面会時間6時間と決まっていたましたが、

中断して家に帰りました。

 

 

5歳の娘にすべてを話しました。

 

なぜ、

「おじさん」と会わないといけなかったのか。

 

今付き合っている彼が娘のパパになることを。

 

 

 

娘はこう言いました。

 

 

「ママ、守ってくれる人が

できて良かったね。

おめでとう」と。

 

涙が溢れてきました。

 

 

そして、再婚しました。

 

 

娘は彼のことを、

すんなり「パパ」と呼びました。

 

面会は自然消滅となりました。

 

 

両親も再婚を大いに喜びました。

 

娘の生活環境と母親の体調を考えて、

そのまま実家で暮らすことにしました。

 

 

家族5人暮らしになり、

食事は私が作りました。

 

 

母親はタンパク質少なめ 

 

父親、夫、娘はタンパク質多め

 

自分はその残りを食べました。

 

体重は54kg前後でした。

 

 

 

ところが1年後、透析になる直前の母親は、

目の前で幸せそうに暮らしてる私を妬み、

私にこう言いました。

 

 

「あんたなんか

産まなければよかった。」

 

「人間として、

薬剤師として失格。」

 

「あんたなんかと

一緒に暮らしていたら、

私の人生悲しすぎる。

だから、出ていけ!」

 

 

目の前が真っ暗になりました。

 

「私は一体何なんだ?」

 

「私が生まれてこなければ、

こんなことにならなかったのか。」

 

「私の存在は何?」

 

「・・・・・・」

 

 

 

娘にはパパがいるからもう安心だ。

 

私は消えてしまおうかと、

携帯の電源を切り、家に帰ることなく

夜道をさまよいました。

 

気が付いたら、祖父のお墓の前にいました。

 

 

旦那が目の前に現れました。

 

 

「よかった、生きていて」

 

 

・・・抱きしめられました。

 

 

 

私は救われました。

 

 

 

そして実家を出て、

3人で暮らすことにしました。

 

 

  平和な日々からの恐怖

 

徐々に笑顔を取り戻し、

私は心身共に元気になっていきました。

 

 

私は2人に感謝しかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

食事制限がなくなったし、

健康的な食事を作ろうと思いました。

 

 

今まで制限されていた、タンパク質や

生野菜をたくさん取ればいいのだと

真逆の食事を用意しました。

 

 

週末は旦那と2人でワインも飲みました。

 

 

ご飯を少な目にすることで、

バランスがとれていると思っていました。

 

 

 

ところが、朝起きると、

異常にお菓子が食べたくなりました。

 

家族が起きる前に、ごそごそと一人で

クッキーとチョコレートを食べました。

 

 

「これはよくない」

とわかっているのに、

やめられなくなりました。

 

 

 

お菓子を食べたからと、

お昼はプロテインを飲んでいました。

 

でも満足しません。

 

結局、昼も職場にあるお菓子を食べました。

 

 

仕事から帰宅し、休憩の時にも、

コーヒーと共にクッキーとチョコレートを

食べました。

 

 

夕食はお菓子を食べたからと、

ご飯を抜いて、多めのタンパク質と

油しっかりの野菜炒めを食べました。

 

小学2年の娘に言われました。

 

「何でママは

ご飯食べないの?」

 

ドキッとしながらも、

偉そうにこう答えました。

 

「大人は夜にご飯を食べると太るから

食べないの」

 

 

当然、体重は増えていき、

実家をでてから1年後には4キロ増えて

56kgになりました。

 

「また、あの暴食が

よみがえってしまうのか?」

 

 

恐怖が襲ってきました。

 

 

自分が嫌になっていきました。

 

笑顔を取り戻しつつあったのに、

再び笑顔が消えていきました。

 

家族に感謝して暮らそうと思っていたのに、

家族にも優しく接することが

できなくなりました。

 

 

  黄金バランスとの出会い

 

「このままではよくない」

 

「せっかく、家族3人で平和に暮らせる

ようになったのに、

このままの生活を続けていたら、

家族全員が太ってしまう。」

 

「家族に感謝しながら

暮らすはずではなかったのか?」

 

「今度は私が

家族に恩返しするはずではなかったのか?」

 

「母親のように病気になるのは嫌だ!」

 

「母親が病気になったから、

家族も犠牲になったんだ。

そんな生活、

そんな思いを娘にさせたくない!」

 

「娘が思春期になり、

ダイエットに興味をもった時に、

このままだと、

正しいダイエットを教えられない!」

 

「娘の友達から『きれいなママだね』と

言われたいと思っているのに、

このままでは『太ったママだね』と

言われてしまうかもしれない、

そんなの嫌だ!」

 

 

 

それからは、ネットで探しまくりました。

 

 

「バランスのいい食事って何?」

 

「正しく食べるってどういうこと?」

 

「何をどれだけ食べたらいいの?」

 

「健康的な食事って何?」

 

「痩せている人は何を食べているの?」

 

「代謝が上がるって、どういうこと?」

 

 

 

そして、見つけました。

 

 

「食べてやせるダイエット」

 

 

「私が求めていたのは

これだったんだ!!」

 

 

本を買い、すぐに読み、即実践しました。

 

これ以外に

正しいダイエット法はない!

と確信しました。

 

でも、一人で実践しても、

それが正しいのか不安でした。

 

食べても増えなくなりましたが、

減ることはありませんでした。

 

「せっかくなら極めてみたい。」

 

「何かが、違っているのかもしれない。」

 

「これ以外に正しく痩せる方法はないのは

わかっている。」

 

「これで瘦せたら、

娘にも正しいダイエット方法を

教えてあげられる。」

 

「もっと綺麗になりたい」

 

「綺麗なママと言われたい」

 

「もっと自分に

自信を持ちたい」

 

「もっと

笑えるようになりたい」

 

 

そして、思いきって入塾しました。

 

 

 

 

入塾初日の写真

 

 

  人生の大変化

 

「絶対にやせるはず。それしかない。」

 

信じて実践しました。

 

みるみる体重が減っていきました。

 

 

そして、半年後にはー6kgになりました。

 

158cm 56Kg→50kg  

 

 

やればできるんだ、と自信が持てました。

 

 

バランスよく食べることがわかり、

自信を持って、

食事を用意することができるように

なりました。

 

お菓子もお酒も、心から楽しんで、

美味しくいただけるようになりました。

 

食べすぎた日があっても、

黄金バランスで食べると

元に戻ることがわかり、後悔することなく

食べられるようになりました。

 

家族に優しく接することが

できるようになりました。

 

家族に感謝しながら

過ごせるようになりました。

 

 

 

それだけでなく、

ひどかった生理痛と便秘がよくなり、

ニキビも消え、花粉症も治りました。

 

起床時体温は、36度台まであがりました。

 

風邪もひかなくなりました。

 

 

 

 

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やっと、自信を持って、

笑えるようになりました。

 

 

  気付いた使命

 

 

 

 

 

「黄金バランス」を学んだことで

「自信と笑顔」を持てるようになり、

自分の使命に気付きました。

 

 

私の使命、それは・・

 

 

私が実体験で得たことを活かし、

さらに黄金バランスの食事を伝えることで

 

以前の私と同じように

「自信と笑顔」を失いかけているママたちの

 

 

「自信と笑顔」を取り戻して

自分の人生を楽しく過ごせる

ママになれるように

手助けすること

 

 

 

 

 

それに気づいた時、

ダイエットインストラクターになる

決意をしました。

 

 

あんなに食べることがわからなかった

自分が嘘のようです。

 

 

「忙しいから」

 

「子供がいるから」

 

「お金がないから」

 

「時間がないから」

 

 

変わらない理由なら

たくさんあげることができます。

 

 

でも「なりたい自分」になった方が

人生は楽しいですし、

 

 

「自信と笑顔」を持つと

何でも前向きに考えられる!!

 

 

 

 

誰もが

「なりたい自分」になれる

のです。

 

 

 

今、私は自分の心に正直に

心から楽しいことだけをして生きています。

 

 

私だけじゃない。

 

あなたも変われるのです

 

 

 

 

以前の私のように

自信と笑顔を失いかけているあなたへ

 

 

もう後悔しなくて良い

食べたいものをたべて良い

思い切り笑って良い

 

 

自分の人生を自分で作っていきませんか?

 

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長文を最後までお読みいただき、

本当にありがとうございましたラブラブ