新しいこともいいですが、
好きだったことをもう一度勉強しなおすのもいいと思っています。

 


一時的に集中できる。
難しいことは頭が更に疲れるので、
以前習っていたことだけど今しばらく離れていたからもう一度、
という向き合い方。


楽しかった頃を思い出したり、
ある程度の実践はしてきたらこそ、
その類の動画等々を聴いたり読んだりしてもそこまで頭は疲れない。


私の中で憶えていること。
忘れてしまっていること。


好い思い出とともに学び直す今現在の私。
これから何ができる、ということは分からないけど。


出きる範囲で活用したらいいとおもう。
1つでも2つでも。


私の中にあるものは現実的な場で、
少しでも活用できたら嬉しい。
そういう場があるような気がする。
ないかもしれない...と諦めることもあるけれど。
それもまた敢えて力を抜くことに繋がりよいものです。
また少しやってみる。
どこかで私の中の好き...出来る。

これらをまた目覚めさせていく。


例え今は無理でも内面が豊になれる。
それならどんどん活用したいものです。
教会でも集会所でもリアルでの交流というひとときを得たい。


前の私ではなく、今現在の私として。

これからの私として。


わざわざ新しく処方された薬のことで考えても悩ましさが募るだけ。
これ以上考えても飲まないものは飲まないと決めたので。
主治医の言うお守り代わり、という言葉と私の恐怖材料は、
どこかで平行線をたどっている。
先生は一生懸命がんばってくれていることは分かるんです。

だからこそどうしたものかと思ってしまう。
これも悩ましい限り。


今の薬の耐性からさまざまな身体症状が出ている...
それによって思うように身動きが取れなくなってしまう...
そういった人たちに向けても処方される抗精神病薬。


初診ではパニック症などに対して処方されない薬です。
耐性がついて効き目が薄くなった場合、
処方されることがあるらしいです。


冷静に考えてみてもこれ以上の対症療法は不要。
私には必要ありません...

西洋の薬が必要な時ももちろんあるけれど。


大方、精神科や心療内科の領域では薬、薬、となるだけ。
今更ですが、もう本当に懲り懲り。
だから今のまま。
常用量の離脱、薬が切れるとどうなるんですか?
という主治医のあっけらかんとした感じの雰囲気は、
あぁ...これは溝が深い。


そうだよね、、、
当時者じゃなければ使用前使用後の体感など分からなくて当然。
と思わざるを得ず。


余談ですがマッサージの先生からは、
力が入っていると言われることもよくありまして。

いかに気を張って生活しているかが私にもよくわかります。


何とか精一杯生きていきていきたいですね。
そう書いてしまいがちだけど、
精一杯と思わないほうがいいのかもしれません。


薬の効き目や副作用は人それぞれ違うから、とよく聴きますが、
まさにそうだと思います。
こんなにも意外なことで寛解した
ということが無いとは言えないんです。
 

 

生きると言う事に対し、

今年も多くのことを学ばせて頂きました。
学ぶというより感じてきた...
と言ったほうがいいのかもしれません気づき


同じ学びでも、笑顔になれるのはやっぱり子どもの頃から好きだったこと。

ひとまずそこに焦点をあてて、また薬の事を考えては難しい顔をして、
またそこから抜けて、抜けようとして、

抜ける!!という気持ちを持ち続け、
今日も1日、かけがえのない1日を過ごすことが出来ました星空

 

 

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