こんにちは、ゆるりです。
4月頭の糖尿外来のあと、6月の末まで病院に行く予定がなかったのですが、この空白の期間、とてもバタバタした日々を過ごしていました。
手術には関係ないことなので、さらっとにしておきますが(でも絶対長くなる)。
当初私は、入院することを、親にも義親にも黙ってるつもりでいました。
が、しかし、3月の末に母が体調を崩したため、とりあえず伝えることに。
「黙ってようと思ったんだけどさ、夏に1ヶ月入院して、足の手術するよ。入院中に具合悪くなられても困るからさ、言っておくね」
ずっと私の足を心配していたので、手術自体は良かったね!と言ってくれたのですが。
その一週間後、母は救急搬送され、土曜日だったためそこでは対応できないと、さらに遠くの病院に転送されて緊急手術となったのでした。
まぁそこからも色々あったのですが、家にひとりきりになってしまった父を毎日面会に連れて行くべく、妹と協力して、我が家から往復2時間を週に4、5回、2ヶ月間続けました。
本人の意思から延命もしないことにしていたので、良くもならないけれど、悪くもならない日々に、入院を控えた私はだんだんジリジリした思いに。
けれどまるでそれを察したかのように、母は私の手術の一ヶ月前に息を引き取りました。
亡くなった日の週末に、私は病院の予約がありました。でもそれをうまく避けるように、葬儀の日も火葬の予約もすべて取れて、全てが終わったあと私は診察に臨むことができました。
入院前に全ての事務手続きも完了させ、父がひとりでしなくてはいけないことなどもなにひとつ残さず、入院準備もできました。
母よ、何を思ってこの期間を選んだのだい?
何度も何度も考えます。
本当に、全くなんにもない期間。母に向かい合うことが出来た期間。
そして私の足が治るのも見届けずにサラッと逝ってしまった。
本当はここに書ききれないほどの思いも、大変だったこともあったんだけど。
なにもかも狙ったとしか思えない2ヶ月間でした。
ひとつだけ見誤ったのは、四十九日にも初盆にも、私は入院中で参加出来なかったこと。
手術の時もどこかで見守ってくれていたのでしょうか(気配は感じなかったけど)。
これからちゃんと歩けるようになっていく姿を、見守ってくれてるといいな。