王様の耳とロバの耳
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持ってる

たぶん、どこへでも行ける

2本の足を。

さらさらっと一晩で。

ぽかぽかしていると、何か目がむずかゆく感じる。
気のせいかな。もう飛んでる??
でもあたたかいのはありがたい。
外に出るのがおっくうじゃなくなる。
何はなくとも、犬の散歩と買い物にだけはいかなきゃならないから。
猫やなぎも膨らんで、もう春か。

直木賞をとった角田光代の作品、「対岸の彼女」がなんか読みたい。
賞を取った作品だから読むというのは軽薄な感じもするけど、仕方ない。読みたくなったんだもの。
角田光代さんのものは一冊も読んだことはないんだけど。

最近はもっぱら三国志を読んでいるので、ちょっと現代物の読み口の軽いもので休憩したくなったのだ。

レッドホットチキンもなんか食べたい。
ケンタッキーって、ほんとにたまーーーにだけど、食べたくなるとどうしても食べたくなる。
でも大抵、近くにはない。
買ったら意外とたいしておいしくもないんだけどなぁ(ごにょもにょ)

湿気を欲っする

敢えて言わなくてもよいことを言ってしまった気がする。
私の失敗はだいたいそう。なんか格好悪いなぁ。
でも相手は私ほど気にしてないことも多いけれど。
今回もそうだといい


「es」という映画を見た。
ランダムに人を集め、それを囚人と看守にわけて演じさせると、人はどうなってゆくのかという心理実験を描いた話。
定石どおり、いろいろ精神的に追い詰められてめちゃめちゃになるのだが。
面白くないことはないけど、考えうる悲惨な方へ悲惨な方へと進んでいくのが、逆に安易にも思えた。
あまりに痛々しく、後味が悪い。
痛々しいということは、描き方は上手いのだろうけど。
こういう映画もあっていいと思うけど、好きな映画としては挙げ難い。
ラストシーンで、主人公が少しふっと笑う所はなんか良かった。

明日の予報は久しぶりの雨。降るといいな。なんとなく。

脳の暴走

眠りにつく前の思考。
あれをなんとかならないものか。
ぐるぐる考え出すと止まらなくなり、そして夢なのか考え事なのかわからなくなる。

おおむね、あまり楽しい考え事じゃないことが多い。そして考えても詮無きことであることは間違いがない。
過去の人間関係とか、後悔とか、今までに綴った文章とか。
我に返ると、寝ていたのか起きていたのかもわからない、でも、脳はぴきんと起きている。起きて、妙な道をずんずん走っていっている。
そんなのを夜中繰り返し、明ける朝がある。

ちっとも面白くない映画を4本立てくらいでオールナイトでぼんやり見たような気分で目覚める。今朝がそうだった。

夢というのは。起きる直前のレム睡眠のものしか覚えていないらしい。
たとえ、その考え事が全部夢だったとしても、4本覚えているなら少なくとも4回は目覚めているということ。
それは眠った気分がしなくても無理もないというものだ。

不眠症とまではいかない。ぐっすり眠れる日もある。
でも私は眠るのが下手なことは確か。ちょっとしたことで眠れなくなる。
眠るのも1つの才能、しかも快適な人生を送るにつけては重要な才能、そう思う。

熱源不足

毎日もれなく寒い。
私は寒いのが大の苦手。常夏でも良いくらいだ。
冬にまつわるものは好きなのだ。
おでんとか、鍋とか、熱燗とか、クリスマスとか、雪とか。

でもただ寒いというだけで、生きていく気力が30パーセントダウンする。
何も敢えて起きなくてもよいんじゃないかと、冬眠のクマのような気持ちになる。

夏は暑くてもそれ以上脱げないけど、冬は着ればいいじゃない、というようなことを言う人がたくさんいるけど、冬はどれだけ着ても寒いんです!!
そういうことを言う人は大抵、手とか常に温かかったりする。
どうしてこの寒空の下、そんなぬくい手をしているのか不思議でならない。
その、内から発する熱はどうして私には備わってないのだろう。

まぁいい。冬になると大抵私はこういう愚痴を吐いているのだ。

でも、「寒いねぇ」とか「暑いねぇ」とか言うのは一種のコミュニケーションだ。誰が相手でもまずはその話題から入れば問題ない。
もしも一年中快適な温度だったら、世間話にとても困りそうだ。

呼んでくれ

吉井ロビンソンの「CALL ME」、良い。
ラジオで流れてたのを聞いただけだけど、忘れ難い。
 
 俺でよけりゃ必要としてくれ 君がよけりゃ必要としてくれ

この2つのフレーズが頭にひっついて離れない。

「よけりゃ」っていうのが半分投げやりな感じで、他人まかせでずるい気もして、でも慈愛を感じる気もして
いいな。

熱燗を日本茶で割ると美味しいとテレビが言っていた。
こんな寒い夜にはいいかもしれない。
昨日の節分の残りの豆でもポリポリつまみながら。

愛憎の境目

犬を飼っている。
とても臆病な犬を。
人を選ぶし、行動を選ぶし、いちいち考える犬。忠犬とはいえない。
でも、小さくてものすごくいたいけで可愛い。私にとっては。
いるだけでいい、全て許せる。
もちろんしつけはするけども、基本的にその存在があればよい。
大げさな言い方かもしれないけど、自分の中の母性のカケラをみつけた気がする。

夫もその犬を溺愛している、基本的には。
ただ、それゆえ、愛情の裏返しというか、時々犬に向ってキレる。
「おいで」といっても来ないとか、自分から逃げるとか、そういうことで。
「バカ犬が!」とか「うっとおしい犬だ!」とか怒鳴る。
私からすれば、ささいなことでそんな怒らなくても…と思うし、大人げなく見えてちょっと失望してしまう。悲しくなる。
そうやって怒るから、機嫌が直って寄っていっても逃げられるんだよなぜわからない、と思う。悪循環。
本人にとっては何かきっかけがあって許すのかもしれないけど、犬にとってはムラっ気のある、時々物凄く怖い人、だろう。
臆病なのも、いろんなことに時間がかかるのも個性だし、裏を返せば長所なのだ。その分、悪さもしないし、困らせたりしない。
…とまぁ、そんなことは夫もわかっているんだろうけど、腹がたつんだろう、それが抑えられないのだろう。

私にとっては犬は守るべきもので、どうしても犬の味方をしたくなるのだけど、そこで私が腹を立てても、火に油をそそぐだけなので、反論しないようにすごく努力が必要だ。
夫と喧嘩になるとすごく長いし、犬にもよろしくない。だから、飲み込む。

でもこういうのって少しずつ、溜まっていくのだ。小さな不信感の芽が。
普段はなんともなくても、その芽がなくなるわけではない。
それを夫は知っているのだろうか。

土の香り

時々、どこかに穴掘って叫びたくなる。
誰も知らないところで。
知ってる人なんて一人もいない場所で。
どう見えるかとか、誰かがどう思うかとか、
そういうこととは関係ない場所が欲しかった。


話の整合性とか文章とか私の人格とか
何も気にしないで何か書きたい。

いつも無駄にいい格好ばかりしてる気がする。