「えっ...もう7時半!?」
夏休みが始まって4日目の朝。時計を見て焦ったのには理由がある。そう、今日は両親が迎えに来る日だからだ。
「えっと、LINE来たのは...6時半か」
両親が来る時間は、LINEが送られた時間から逆算すればすぐに出る。ということは...
「10時くらいに来るってことか」
急いご飯を済ませ、実家へと向かう支度を着々と進める。もちろん、いつものデイリー配信も終わらせてからね!
「よし、終わりっ!」
デイリー配信を終えたら、次はコイン回収の時間だ。適当な配信を覗いては「デイリー失礼します」と打ってコインがもらえるのを待つ。これが「デイリーさん」のお仕事だ。
[コインを獲得しました]
「さ、次のとこに行きますか~」
このように、なるべく短時間で終わらせることがコイン回収のコツである。あとは広告動画を一時間おきに視聴すれば完了だ。
「ふぅ...やっと終わった」
(あと一時間くらいで出かける用意はできそうか?)
「まぁ、なんとかなるでしょ」
(お前なぁ...計画性というものはねーのか?)
「うん、ないっ!」
(ねーのかよ!!)
...夫婦漫才はこのへんにしておいて、さっさと準備を進めよう。時間は有限だ。
「荷物全部出したし、あとは掃除機かけるだけ!」
コンセントをプラグに挿し込み、轟音を響かせながら床のゴミを吸い取った。これで今日のノルマは達成だ!
——ピピピピ...!
「あ、電話だ」
電話の相手は父だった。内容は一言で言うと「荷物を下ろしてこい」...とのことだ。さぁ、大仕事を終わらせようではないか。
(相変わらず重いな...お前どんだけ入れたんだよ!?)
「文句言わないでさっさと運びなさい」
(チッ...無視かよ)
(ふわぁ~...あ、おはよ~...)
「おはよ、昨日はお疲れ様」
(ありがと~...ゆめっち、今日も頑張るよ~)
何気ない日常会話を楽しみつつ、荷物を下へ運んでいく。今回の荷物は収納ケース3個分だ。といっても、全てぎっしり詰めたわけではない。無理矢理詰めると重さで耐えきれずに破れる危険性があるので、2つに分けたのだ。ちなみにあと1つは着替えしか入っていない。しかも、乾燥機から出したばかりの熱々の洗濯物を詰めている。
「これ、燃えたりしない...よね?」
(ま、大丈夫だろ)
「えぇ...」
私はもうどうにでもなれと言わんばかりに荷物を父に手渡した。父は状況が分からずキョトンとしていたが、気にしないでおこう。ドアとシートベルトをしめたら、さぁ出発だ。
~~~~
「そういえば、昼ごはんどうする?ゆめは決めてたりする?」
「あー...ごめん、ノープラン。てか、この3年で知ってるとこ全部行っちゃったから、もうどこでもいいかな~」
「じゃあサービスエリアで昼ごはん食べる?」
「うん、そうする」
というわけで、道中のサービスエリアで昼食をとることになった。ラーメンやカレーが豊富に揃っている中、私が選んだのは...
「ポーク...チャップ?なんか面白そう...」
(よし、決まりだな)
――ポチッ...
(あ、ちょっ...!ええっ!?)
――カタン...
「............」
私の昼食は有無も言わさずポークチャップに決まってしまった。
「ま、いっか」
「ゆめ~、ここ空いてるから座ろっか~」
「うん」
(あれ、母さんもポークチャップ買ってる...?)
当の本人は私と違うものを買ったと言っているが、手に持ってるその券は「ポークチャップ」と書いてある。母よ、どう見てもそれはポークチャップだ...!
(母さん、早く気付いて...!)
(そうか、ゴッドマザーは過ちに気付かないか...)
(...あんただけだよ、母さんのことをゴッドマザーって呼ぶの)
(そうか?)
(そうでしょ。だいたい、なんでゴッドマザーなの?)
(なんでって...どこぞの映画に出てきた妖精に似てるからに決まってるだろ?)
(それもはや悪口...)
(失礼だなぁ、これでも敬意を表してんだよ)
(あんたが言うと悪口にしか聞こえないんですけど!?)
「ゆめ~、呼ばれたよ~」
「あっ、はーい!」
~~~~
「あれ?ゆめと同じやつ頼んでたみたい」
「まぁ、そんなこともあるよ。とりあえず、気にせず食べよう?」
「そうだね~」
『いただきます』
久しぶりの家族との食事は温かく、落ち着いて過ごせる貴重な時間だった。この時間がいつまでも続けばいいのにと何度思ったことだろう。だが、目の前にあるものが無くなればそれは終わる。終わってほしくない、終わってほしくないのに...!
(...さっきから食べるスピード、上がってね?)
(すご~い!ドリーム、いつもよりご飯いっぱい食べてる~!)
「ゆめ、そんなに美味しかった?」
「うん、うまうま...!」
「良かったね~」
(それで良かった...のか?)
(別にいいんじゃない?美味しかったから)
腹も満たされたことだし、大移動を再開しよう。
~~~~
「あ、ついでだからそこ寄るか」
大移動してる途中で思わぬ寄り道をすることに。理由を詳しく聞くことは出来(し)なかったが、何かのついでだということだけは理解できた。滅多に行かない場所というのもあって、つい夢中になってしまった。そんな中、スマホから通知音が鳴り出す。
――ピコン♪
「あ、なんか来てる。えっと...」
[哲学者さんの配信が始まりました]
「えっ、マジか!あれ、イヤホンどこだっけ...?」
私は慌ててカバンからイヤホンを取り出し、右耳だけ取り付けた。少し歩いた後に左耳にも付け、アプリを開いた。
『ゆめっちさん、いらっしゃ~い』
[やほー]
今日の哲学者はインディーズゲームを嗜んでいるようだ。普段は視聴者と雑談するのがメインだが、たまにゲームをしていることがある。それらのゲームは中々に理不尽(?)なものが多く、苦戦している所を見るのが私なりの楽しみ方だったりする。
(お前ホントに好きだよな、そいつのこと)
(何だろう、出会った時から運命...?感じたっていうのかなんていうか)
(ま、簡単に言うと興味あるってことだろ?)
(それはあんたもでしょ?いつか"実験台"にしたいって言ってたじゃん)
(そういやそうだったな。で、いつそいつをこっちに連れ込むんだ?)
(はぁ...まだ諦めてなかったの?)
(当然だろ?そう簡単に諦めるかよ)
(うわぁ...)
彼の異常な執着心の強さを目の当たりにしたところで、実家の屋根が見えてきた。
...今年の夏休みは、何か嫌な予感がする