(今回は文章だけですし、とても専門的でありマニアックです。一般の人には解りにくい内容です。)

 

 現在70歳くらいの人形職人が毎月からだのメンテナンスの為に来店されています。人形制作が仕事ですから、長時間椅子に座り続け、両手を前に出しながら細かい作業をされているとのことです。
 仕事がら腱鞘炎のような症状に悩まされることは多いようです。ですから、毎回、手~前腕~肩にかけては細かく観察しながら調整を行っています。
 本日は、両手が握りづらくなっていて、特に右手の人差し指が途中までしか曲げることができない症状を訴えました。
 「また腱鞘炎なのかな?」と心配していましたが、両手が同時におかしい、というのは普通はあり得ないことなので、症状の原因は他にあると思いながら施術を進めていきました。

 利き手は右ですし、人差し指は動かさなくても痛みを感じるということなので、右手から観ていきました。
 前腕の伸筋群は殆どがこわばっていました。深層にある回外筋、長母指外転筋、長母指伸筋、短母指伸筋、示指伸筋、表層の指伸筋、短橈側手根伸筋などです。これだけの伸筋群が揃ってこわばっているということは肘関節が歪んでいると判断することができます。ちなみに肘筋もこわばっていました。
 先ず考えられることは尺骨が上腕骨に対して回外方向に回旋している可能性です。そして上腕の筋肉を確認すると上腕三頭筋内側頭が強くこわばっていました。ここでの結論としましては、上腕三頭筋内側頭が強くこわばっていることで、尺骨を上腕の内側に引っ張り上げるようにしていることで、肘関節で前腕(尺骨)を回外方向に回旋させていたということです。
 ですから、上腕三頭筋内側頭のこわばりを解消すれば、肘関節が本来の状態に戻る可能性があります。前腕の伸筋群の起始は上腕骨外側上顆ですから、尺骨が回外位になってしまったことで伸筋群の起始と停止の間が広がり、それぞれの筋肉がこわばってしまったのかもしれません。
 ところで上腕三頭筋内側頭は小円筋と連動関係にありますが、小円筋も当然こわばっていました。そして小円筋のこわばりをゆるめると上腕三頭筋内側頭のこわばりもゆるむことが確認できたので、施術は小円筋のこわばりを解消する方へと進んでいきます。
 小円筋と連動している筋肉を私は把握しきれていないのですが、胸郭の捻れと小円筋の変調には関連性があります。この方の胸郭は下部の部分、それは第7肋骨以降、腹側方向に捻れていました(CCWの捻れ)。そしてその捻れを戻すと小円筋のこわばりは解消しました。
 そして胸郭が捻れている原因は腹横筋がゆるんでいることが原因でした。
 踵重心などで、踵の底の筋膜がこわばって硬くなりますと腹横筋はゆるみます。その他には、腹直筋のある部分がこわばりますと腹横筋はゆるみます。ですから、踵への施術を行いました。そして腹直筋を確認したところ端のラインにこわばりがありました。このラインは胸骨甲状筋―腹直筋―恥骨筋―中間広筋という連動ラインです。胸骨甲状筋を確認するために喉元を触りますと、オトガイ舌骨筋や顎舌骨筋がこわばっていて舌骨を前上方に引っ張り上げている状態になっていました。この状況によって甲状軟骨も上方に引っ張られてしまっているために胸骨甲状筋がこわばっていることがわかりました。ですから、オトガイ舌骨筋と顎舌骨筋をゆるめるための施術を行いました。これらによって腹横筋の状態は改善し、胸郭の状態もよくなって小円筋及び上腕三頭筋内側頭のこわばりがとれました。前腕の伸筋群のこわばりもとれました。
 
 この状態で、手を握る動作をしていただきました。すると、かなり楽には握れる状態になったのですが、人差し指
の引っかかりは残ってしまうとのことでした。示指伸筋にこわばりがあるわけではありませんから、別の理由で示指の関節に歪みが生じているのだと判断しました。
 「橈骨にも問題があるのかな?」と思いました。浅指屈筋や深指屈筋において示指に関係が深いのが橈骨だからです。
 そこで肘関節において上腕骨と橈骨の関係をもう一度チェックしました。
 橈骨に上腕二頭筋が停止している辺りにこわばりを感じました。上腕二頭筋長頭が強くこわばっていました。そして、上腕二頭筋長頭がこわばっている理由を探しますと、鎖骨が内側に歪んでいて三角筋前部線維がこわばり、それが上腕二頭筋長頭のこわばりへと連動していました。上腕二頭筋長頭のこわばりによって橈骨が回外しながら上腕骨の方に引き寄せられた状態になっていましたが、それによって示指につながる浅指屈筋と深指屈筋が変調を起こし、さらに虫様筋も変調していたようです。

 鎖骨が内側に歪んでいる原因は胸鎖乳突筋鎖骨頭がこわばっていたからですが、その原因を探していきますと肩甲挙筋のこわばりによって第1頚椎と第2頚椎が下向きの状態になっていたからでした。
 肩甲挙筋は目の疲労(外眼筋のこわばり)と関係しますので、コメカミの辺りを指圧してゆるめました。そして、肩甲挙筋のこわばりが解消すると胸鎖乳突筋の変調も改善し、鎖骨が本来の位置に戻り上腕二頭筋長頭のこわばりも取れました。
 右手人差し指の曲がりも良くなりましたが、左側は何もしていないにもかかわらず、左手の不調も改善していました。

 結局、いろいろ施術しましたが、最後の決め手は目の疲労の解消でした。
 ご本人にそのことを申し上げたところ、「ここのところ老眼が進んでしまい、なかなかよく見えないので目を凝らして仕事していた。」とのことでした。
 腱鞘炎になると、回復までにある程度時間が掛かって仕事に支障がでること懸念していたようですが、目の疲労が大きな原因であったことがわかり、そして今回の施術で問題が片付いたので、ホッとされて帰えられました。
さっそく眼鏡をつくりに行くと仰ってました。

 今回は私にとってもレアなケースでした。胸鎖乳突筋の鎖骨頭がこわばると鎖骨が内側に歪むことを知ることができました。