早朝の6時過ぎ。
もうすっかり朝で通勤の人たちが駅に向かって歩いている。
泣きはらして重たい瞼で、荷物を持って、どこか落ち着ける場所を探す。
お酒を飲んでいなければ、運転出来たのにな…とこの日ほど強く思った日はなかった。どこか遠くへ行きたい気分だった。
けれど、この状態で人目にさらされながら電車に乗るなんて、考えられなかった。
あてもなく彷徨うも、街中はもう人で溢れかえっている…。私の居場所…。
公園でひと息つく。
私は自分にあると思っていた夫の愛情が、実は他の女にあったのだという、なんとも言えない焦燥感と、3人での生活ももう出来ないんだという不安でいっぱいだった。色んなことがグルグルと頭をかけめぐる。
とりあえず落ちつかなくちゃ。
夫の気持ちをつなぎとめなくちゃ。
私は精一杯の思いで夫にLINEをする。
「ちょっと吐き気がひどくて、一息吸いたくて外に出てきた。今日夕方お義母さんをおばちゃまのところに送ってあげてね。新潟は私はやめておく。息子と楽しんできてね。それとお金、もうなくて。申し訳ないけど今日置いておいてね。お仕事頑張って。息子とお義母さんにご飯の準備してあげて。ごめんね。準備する余裕がなかった。」
「あとでメールします。本当にごめんなさい。」
「メールはいらない。大丈夫。」
「ママ、ごめん。ラインの内容をママが認識しながら、ママがあのような神対応をしてくれて、胸が本当に締め付けられました。本当にごめんなさい。あの場で神対応のママに縋らなかったのは、良心の呵責からです。裏切っておきながら、本当ならその場で罵倒されて然るべきなのに、それなのに、あのような対応をしてくれて、自分の愚かさに、なんの言葉も出なかったです。さっきはあまりの馬鹿さ、愚かさで、何も言葉にできなかったけど、次回は落ち着いて答えます。
このような状況だけど、新潟は息子と行っていいの?
であれば、お袋は、土曜日の朝に家に送り届ける予定です。土日、りりかが家に居れるので、りりかにお願いします。おばちゃんには、連絡しておきます。
お金はママの鏡台に置いておきます。
遅くなりごめんなさい。」
「私の気持ち整理の為にも、息子の為にも新潟へは行ってきて下さい。怖くて何も聞けない。何も答えてくれなくていいから。」
「まま、ごめんなさい。あまりにも自分が愚かで、その反面、ママが優しすぎて、どんな言葉にすればいいか本当に分からず黙った状態だったけど、今後、聞かれたことは、自分の保身なく答えます。新潟には行ってきます。母親を明日の早朝に実家に送り届けてから、新潟に向かいます。」
「離婚を前提ということだよね。」
「ではないです。」
ここまでやりとりして、ため息が出る。
その週末は義母をおばちゃまにお願いをして、家族3人で新潟旅行へ行く予定をしていたが、私はひとりになりたくて、夫や息子にはそのまま旅行へ行って欲しかった。とりあえず時間が欲しかった。
そして、生活費というべきか、私のお小遣いも、考えてみたらここのところ、まともに入れてくれていなかった夫。私がお金を催促すれば、夫に逆ギレされていた。
それでも今夫が苦しいなら、私が我慢すればいい。そう思ってここ数ヶ月やりくりしてきた。
クレジットカードがあるし、支払い諸々は夫がやってくれているので、特に生活に差し障りがなかったが、付き合いでのランチや、現金でお支払いする息子の習い事のお月謝、何かあった時の為の貯金などで、やはりお金は必要だった。
でも本当はお金がなかったのではなく、愛人に使っていたから私に渡せなかったのだと思うと、どうしようもなく悲しく虚しい気持ちになる。
私これからどうしたらいいんだろう。
どうやって生きていったらいいんだろう…。
瞼が重たくて、でも外は明るく人の視線も気になり、少し目を瞑るも落ち着かない。
結局妹に電話をして迎えに来てもらうことにした。
妹の車に乗って、妹の家へ。
妹は子ども部屋を私の為に空けてくれていて、甥っ子達はもうすでに起きていた。
「りーちゃん!今日うちに泊まるのー?」
と可愛い顔をした幼稚園児の甥っ子が来てくれた。
もう、あまりにも可愛くて、思わずギューっと抱きしめて、スベスベプニプニのほっぺをスリスリ…。
「ごめんね。りーちゃん少しお部屋借りていい?」
「いいよー♫」
子どもってどうしてこんなに可愛いんだろう。
甥っ子を抱きしめて、少しだけ生き返った気がした。
妹は甥っ子を部屋の外に出して、正座をしてベッドに座っている私に
「どうする?話聞く?寝たい?」
と声をかけてくれた。
「すごく疲れてて、眠たいんだけど、でもなんだか頭がグルグル回っていて、眠れそうにないの。どうしよう…。」
「携帯見せて。写メしたんでしょ?」
「うん…。」
「んー。ホント男はどいつもこいつもどうしようもないね。まさかお姉ちゃんの旦那さんまでやるとは思わなかった。」
そう言いながら、携帯に保存しているLINEの写真を読み進めていく。
私はまともにその文面を見られなくて、内容も詳しく読めていない。というか怖くて読み進められなかった。
妹は私の気が紛れるようにと、私の好きな音楽をかけてくれたけれど、その時の私には音なんていらなかった。
「ごめん。音楽聴きたくない。」
「じゃあ止めるね。お姉ちゃん何も食べてないでしょ?ポカリ、緑茶、午後の紅茶買っておいたよ。何か飲めば?」
「いらない。何も口にしたくない。携帯の内容も知りたくない…。それから明るいのも嫌。カーテンしめて。」
もう全てを受け付けることが出来なかった。
「お姉ちゃん寝な。寝られる?横になって。」
「寝られない。眠いのに、ずっと頭グルグル回ってて、眠いよ…。それなのに寝られないよ…。」
「気持ち、すごく分かるよ。じゃあしょうちゃんに睡眠導入剤買ってきてもらうよ。ちょっと待ってて。」
そう言って、妹は旦那さんに買い物を頼んでくれた。
「しょうちゃん(妹の旦那さん)ごめんね…。朝からほんと…。」
「お姉ちゃん大丈夫?うちは全然!いつもうちのがお世話になってるから、気にしないでいつまででもいていいからね。すぐ買ってくるからゆっくりしてて。」
そう言い残し買い物に出かけてくれた。
妹は携帯を見て状況を把握。
私は心配して連絡をくれていた親友にLINEを入れた。
「今妹の家にいるよ。心配かけてごめんね。また落ち着いたら連絡します。」
「いつでもなんでもするから、何かあれば言って。妹さんのところならひとまず安心だね。食べたいものとかある?買ってもってくよ。」
「大丈夫、ありがとう。」
親友の優しさに、涙がこぼれた。
こんな時ほど人の優しさって身に染みる。
信じてきた夫に裏切られたけれど、こうやって心配してくれる親友や妹がいてくれる。とても辛い状況だったけれど、彼女達の存在が、すごくありがたかったし、心強かった。
その日は結局、メールの内容も見ることが出来ないままに、しょうちゃんが買ってきてくれた睡眠導入剤を飲んで、やっとの思いで眠りについた。長い長い地獄のような1日だった。
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