わたしの日記なので
ん?
意味わかりにくいこと
あるとおもいますが
ご了承を。
.⋆𝜗𝜚
幻想が一枚
はがれた夜
.⋆𝜗𝜚
ここ数日
たくさんの本音が交差した。
お金のこと。
慰謝料のこと。
支援のこと。
SNSのこと。
「パートナー」という言葉のこと。
ツインという考え方のこと。
正直 感情は動いた。
たくさん泣いたし
「わたしのこと全然わかってないやん!」って思わず口にした。
(言えたーよかったー♡)
そばで見てくれていると
思っていたからこそ
ショックだった。
「当たり前だと思ってるよね?」と
言われたときも
胸がぎゅっと締めつけられた。
当たり前なんて
一度も思ったことない。
むしろ逆だった。
人に迷惑をかけないように
頼らないように
自分でなんとかしなきゃと
ずっと自分に厳しくしてきた。
パパからお金を受け取ることにさえ
罪悪感で押しつぶされそうになって
生きること
そのものが
重くなったこともあった。
やっと「受け取ってもいい」と
自分に許可できるようになったのに。
だからこそあの言葉は痛かった。
ここまで書くと
どこかにまだ
「こんなわたし、かわいそう」の名残りがあるのかもしれない。
でも、昔とは違う。
昔のわたしは わかってもらえない
悲しさの中に居続けていた。
今のわたしは 傷ついたことは認める。
でも、背負わない。
そこが違う。
「ツインだからこうなる」
「統合には別れがある」
「僕は統合していきたい」
言っていることは理解できる。
(そういうことばが
かれの愛情表現なのかもしれない)
スピリチュアルを
否定しているわけでもない。
でも、わたしは思った。
他のツインがどうとか
別れの型がどうとか
そんな枠に
自分たちを当てはめなくてもいい。
ツインというラベルに
しがみつかなくても
好きは好きでいられる。
冷めたからじゃない。
言葉に依存していないだけ。
わたしは
「わたしは どうしたい?」
「わたしたちはどうしたいか」
そこにつねに立っていたい。
慰謝料の件も ゆっくり考えた。
一瞬、背負いかけた。
わたしが動かなきゃ。
わたしがまとめなきゃ。
でも、違う。
なんとかするのは
わたしじゃない。
わたしはひとりでは(話をおさめに)
パパのところへ行かない。
それだけ。
怒りでもなく
見捨てでもなく
ただ
自分の立ち位置を決めただけ。
幻想が一枚はがれた、という感覚。
「守らなきゃ」
「支えなきゃ」という
昔の役割を 静かに降りた。
支援のことも
勇気を出して聞いた。
返してほしいと思っているのか、と。
怖かった。
もし「返して」と言われたら
またわたしの中の
“受け取ってはいけない”が
暴れ出す気がして。
でも違った。
約束もしていないし
記録もしていない。
自分の生活費と同じ感覚だ、と。
その言葉に ほっとした。
感謝が溢れでて涙した。
わたしはちゃんと聞けた。
ちゃんと自分を守れた。
それがうれしかった。
「パートナー」という言葉もそう。
軽く使えない。
全面的に
信頼しきって
心から安堵したとき
自然と出てくる言葉だと思っている。
慎重なのは臆病だからじゃない。
本気だから。
ゆっくり
お互いの怖さを知りながら
感じながら
積み重ねていきたい。
今回の出来事で思った。
人は余裕がないときほど
その人の本質が滲みでる
だからわたしは観ている。
責めるためではなく
自分の人生を守るために。
まだ少し
「わかってほしいわたし」はいる。
でももう
「だからわたしがなんとかする」には戻らない。
それが、今のわたし。
伝え合った夜だった。
それぞれの
怖さを抱えたまま
それでも本音を出した夜。
幻想が一枚はがれたぶん
視界は澄んだ。
冷めたわけじゃない。
ただ、距離がとれた。
そして わたしはいま
自分の足で立っている。
