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創価学会員の皆様へ7

第五節
歴代会長の指導との矛盾
 
本来、創価学会は本門戒壇の大御本尊への信仰を世の中に弘めるための教団でした。

次に挙げる、初代会長牧口常三郎氏、第二代会長戸田城聖氏、さらに、かつての池田大作の言葉がそれを明確に示しています。

○初代牧口会長
「御本尊の中、総与の御本尊と称して、大石寺に伝へられる大御本尊を信じ奉る者が正しい信者である」(牧口常三郎全集 一〇 - 一五一頁)

○第二代戸田会長
「もっとも完全無けつな仏法が正宗なのである(中略)私達は無智な人々を導びく車屋である。
迷ってゐる人があれば車に乗せて大御本尊様の御もとへ案内して行くのが学会の唯一の使命である」(大白蓮華・昭和二四年二一月号一頁)

「現代に於(おい)ては時刻相応(じこくそうおう)の教と云うならば、富士大石寺にいます一閻浮提総与の御本尊を信ずる事である。
大聖人の御命(おんいのち)たる大曼荼羅(だいまんだら)を信ずる事でありその大曼荼羅中の極説中の最極説たる弘安二年十月十二日御出現の総与の御本尊こそ真の民衆救済の御本体であらせられる」
(大白蓮華・昭和二九年七月号巻頭言)

○第三代池田大作
「大聖人様はどのようにおおせになったか。末法において成仏する道は、絶対の幸福生活を会得(えとく)する直道(じきどう)は、弘安二年十月十二日の大御本尊様を拝む以外にない。
これが日蓮大聖人の出生の本懐であると、おんみずから御本尊様をお遺(のこ)しくださったのであります」 (会長講演集ニー五六頁)

これら歴代会長の指導にもあるように、創価学会は大御本尊を信仰の根本としてきた教団です。

今回、創価学会が行った大御本尊の放棄は、歴代会長の指導に背反(はいはん)し、八十数年にわたる創価学会の信仰を根底から覆(くつがえ)すものです。

会則改変の実質的責任者である池田大作に至っては、その自語相違(じごそうい)は甚(はなは)だしいものであり、牧口・戸田両会長の功績を無にする、不肖(ふしょう)の弟子と言うほかはありません。


※創価学会員の皆様

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創価学会員の皆様へ6

第三節 人法一箇(体一)の法義に背く大罪
 
日蓮大聖人の仏法には「人法一箇(体一)」という法義があります。

これは、人本尊と法本尊が一体であるという意味です。

人本尊と法本尊が一体であることについて、日寛上人は、

「本地難思の境智の冥合・本有無作の事の一念三千の南無妙法蓮華経を証得するを、久遠元初の自受用身と名づくるなり。此の時、法を尋ぬれば人の外に別の法無し、人の全体即ち法なり。此の時、人を尋ぬれば法の外に別の大無し、法の全体即ち人なり。既に境智冥合し人法体一なり」(観心本尊抄文段・文段二〇二頁)
と仰せられ、久遠元初の自受用身(人)と、事の一念三千の南無妙法蓮華経(法)が一体である旨を指南されています。

 創価学会が編纂した『仏教哲学犬辞典』にも、「人法一箇」について、

「日蓮大聖人の仏法において、大本尊と法本尊は、その名は異なるが、その体は一つであること」 
(該書第三版一三二〇頁)

と説明しています。

 すなわち人法一箇とは、「久遠元初の自受用身」たる末法の御本仏日蓮大聖人を大本尊とし、「本有無作の事の一念三千の南無妙法蓮華経」を法本尊として、法即人、人即法の御本尊を指します。

日寛上人は、

「本地難思の境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、事の一念三千、無作本有、南無本門戒壇の大本尊」 
(当家三衣抄・六巻抄二二五頁)

と仰せられ、本門戒壇の大御本尊は事の一念三千の法であるとともに、「久遠元初の自受用報身如来の当体」すなわち末法の御本仏日蓮大聖人の御当体であることを説示されています。

今回、創価学会は、人法一箇の大御本尊を信仰の対象から外しましたが、これを端的に言えば、日蓮大聖人の御当体であり御魂魄である大御本尊を放棄したということです。

条文の上では「日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ」ながら、信仰の上では日蓮大聖人の御当体に手を合わせないというのですから、これほど道理に合わない話はありません。

まさしく創価学会は救い難い矛盾のスパイラルにおちいったと同時に、自らの信仰を否定していると言うべきです。


第四節 御歴代上人の御指南に違背する大罪
 
創価学会が弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊を放棄したことは、日蓮大聖人の仏法に違背する大謗法に当たります。

これについて御歴代上人の御指南を挙げ、創価学会の邪義を明らかにします。

○第二祖日興上人
「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸(か)け奉(たてまつ)るべし」 (日興跡条々事・御書一八八三頁)


○第十四世日主上人(戦国時代の混乱期に東北・関東の布教に努められ、福島県の本法寺などを建立された御法主上人)
「大石寺は御本尊を以て遺状と成され候、是れ則ち別付嘱唯授一人(べつふぞくゆいじゅいちにん)の意なり。大聖より本門戒壇の御本尊、興師より正応の御本尊(※譲座御本尊)法体御付嘱なり」(歴全一四五九頁)


○第二十六世日寛上人(創価学会が作製・販売する『ニセ本尊』のもととなった浄円寺所蔵の御本尊を認(したた)められた御法主上人)
「本門戒壇の本尊は応(まさ)に是れ総体の本尊なるべし。是れ則(すなわ)ち一閻浮提の一切衆生の本尊なるが故なり」(観心本尊抄文段・文段二四三頁)


○第五十六世日應上人   (明治期の東京において自ら街頭布教に立ち、教線拡大に努められた御法主上人)
「戒壇本尊の造立(ぞうりゅう)は宗祖出世の本懐にして一期弘通(いちごぐずう)の大事なり」(弁惑観心抄一九三頁)


○第五十九世日亨上人        (第二代戸田会長の請いによって『日蓮大聖人御書全集』を編纂された御法主上人)
「一期の弘法(ぐほう)即三大秘法、三秘の中心即本門戒壇の大御本尊である」 (大白蓮華・昭和二八年九月号二六頁)


○第六十世日開上人     (昭和三年六月の御登座。同月に牧口・戸田両会長が入信している。創価教育学会発足当時の御法主上人)
「吾が総本山に安置し奉る本門戒壇の大御本尊は、宗祖大聖一期(いちご)の大事、本門三大秘法の随一にて在すなり」(日開上人全集二五三頁)


○第六十四世日昇上人         (創価学会総本部安置の「慈折広布の御本尊」を認められた御法主上人)
「夫れ戒壇の本尊は宗祖日蓮大聖人の本懐、末法衆生の帰命(きみょう)の法体、一宗依止の当体なり。宗祖大聖人弘安二年十月十二日之れを建立して、血脈付法(けつみゃくふほう)の二祖日興上人に身に当て給(たまわ)るところなり」 (大日蓮・昭和三〇年一二月号一四頁)


○第六十五世日淳上人   (牧口・戸田両会長の指導教師であり、戸田会長の葬儀の大導師を勤められた御法主上人)
「吾が総本山大石寺に安置し奉る戒壇の大御本尊が大聖人の施化(せけ)の究竟と拝さなければならない。若(も)し此旨(このむね)を失へば御一代の御示教(ごじきょう)は全く泡沫(ほうまつ)になって了(しま)ふのである」(淳全八二六頁)


○第六十六世日達上人    (創価学会の法人設立に尽力(じんりょく)し、創価学会の善導(ぜんどう)に心を砕かれた御法主上人)
「宗門の信仰の対象は、すなわち弘安二年、大聖人様のご本懐の戒壇の大御本尊様であります。そして、その大聖人様はこの戒壇の大御本尊様をご建立(こんりゅう)あそばされ、すなわち大聖人様即戒壇の大御本尊様であります」(達全ニ―六―二七三頁)


これらの御指南を拝しても、創価学会の今回の大御本尊放棄が、日興上人をはじめとする御歴代上人の御意(ぎょい)に違背(いはい)していることは明らかです。

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創価学会員の皆様へ5

大御本尊への信仰を捨てた創価学会をただす。

第一章 
「大御本尊は受持の対象にはしない」との邪義を破す。

第一節 
会則改変について
創価学会は、従来の会則(平成十四年改変)のうち、教義条項にある、「第2条 この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ)・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命(ごゆいめい)たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする」(聖教新聞・平成一四年四月一日付)

との条文を改変して、

「第2条 この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」
としました。

すなわち、信ずる対象について、それまでの条文にあった「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」の文言を
「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」と変え、「大御本尊」という言葉を抹消しました。

これをもって、会長の原田稔は、

「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と宣言したのです。
聖教新聞 平成26年11月8日付

第二節
日蓮大聖人の出生の本懐を捨てる大罪

日蓮大聖人は、大御本尊を出生の本懐とされることについて『聖人御難事』に、

清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午(うま)の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。
先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり。」
(御書一三九六)

と仰せられ、弘安二年十月十二日に本門戒壇の大御本尊を図顕されました。

この御文に示された大聖人の出生の本懐について、総本山第二十六世日寛上人は、『観心本尊抄文段』に、

「問う、弘安の御本尊応御本懐を究尽するや。
答う、実に所問(しょもん)の如し。乃ちこれ終窮究竟(しゅうぐくきょう)の極説なり。
(中略)吾が大聖人は文永十年四月二十五日に当抄を終り、弘安二年、御年五十八歳の十月十二日に
戒壇の本尊を顕して四年後の弘安五年、御年六十一歳十月の御入滅なり。(中略)
天台・蓮祖(れんそ)は同じく入滅四年已前に終窮竟の極説を顕す。寧(むし)ろ不思議に非ずや。」

と教示されています。
これらの御文から、大聖人の出生の本懐は「弘安二年、御年五十八歳の十月十二日」に図顕された
「戒壇の本尊」であることは明白です。

また、日寛上人が、

「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟(くきょう)中の究竟、本懐の中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。」
(観心本尊抄文段・文段一九七)

と教示されるように、この大御本尊こそが三大秘法随一の御本尊であり、末法の一切衆生が帰依すべき、究竟中の究竟たる御本尊なのです。

現在、創価学会に安置される通称「慈折(じしゃく)広布の御本尊」を認(したた)められた第六十四世日昇(にっしょう)上人も、

「久遠本仏(くおんほんぶつ)たる宗祖日蓮大聖人は南無妙法蓮華経をお唱え出だされた年から二十七年即ち弘安二年の出生の御本尊たる本門戒壇の大御本尊を一切衆生に総与遊(あそ)ばされたのであります。」
(大日蓮華・昭和二十七年六月号四頁)

と明確に指南されています。

今回、創価学会が、本門戒壇の大御本尊を信仰の対象としないと宣言したことは、まさしく御本仏日蓮大聖人の出生の本懐を放棄(ほうき)したことになるのです。

※創価学会員の皆様

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