餃子は手間がかかる。
刻む、こねる、包む、焼く。
これでもかというくらい調理の技法をつめこみ、完成されるのが餃子である。
なんと面倒くさい料理だろう。
そんな手間暇を費やされた餃子を、実に簡単にあたりまえのように消費する。
これほどの贅沢はなかなかない。
まして、皮から作ろうものならその労力ははかりしれない。
にもかかわらず、どうしても餃子が食べたくなってしまう。
カリッと香ばしく焼けた、もちもちの皮を破る。
肉汁が口に一気に広がり、肉と野菜の絶妙なコントラストが気持ちいい。
そんなものを一口サイズにしてしまう罪深さたるや!
餃子の罪は深い。
しかしなぜラーメンのバーターのような立場で収まってしまっているのだろう。
餃子、おまえはもっと輝ける。